次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 直人から視線をはずして、もうなにも映っていないテレビを食い入るようにして見つめる。すると、いきなり隣から腕が伸びてきて、ぎこちなく抱きしめられた。

「どうしたの?」

「泣きたいなら、どうぞ」

 意外な気遣いに私は申し訳ないが吹き出してしまった。

「泣かないよ」

 直人の腕に少し力が込められたので、せっかくだから私は眼鏡を気にしつつ、直人の胸に顔を埋めるようにして、身を預けた。ここで泣いてしまうのが、可愛い女性なのかもしれない。そんなことをぼんやり考える。

「それに、前にも言ったけど晶子は十分に魅力的だと思う」

「眼鏡をやめたら?」

 悪戯っ子みたいにすかさず返すと、直人が一瞬、詰まったのが分かった。私はそのまま直人の背中に腕を回して、より密着させる。伝わってくる体温が心地いい。

「ありがとう」

 あんな返し方をしたけれど、直人が一生懸命、私のことを励まそうとしてくれているのは十分に理解できた。

 それからしばらくして直人が優しく私の頭を撫でてくれたので、くっついたままそれを受け入れる。できれば純粋に直人のことを好きになりたかったな。

 こんなふうに優しくしてもらえるのを、素直に喜んで受け入れられる関係だったらよかった。どうすれば、はじめて抱くこの感情を上手く伝えられるのか。今の私には、その術を持っていないのが悔しかった。
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