次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 足を進めたのは一般病棟ではなく、ドラマでよく政治家が入院するような特別棟の一室だった。宝木さんがノックしてドアを開けたので私も緊張しながら中に続く。

 一際大きなベッドがあり、その傍らに立っていた初老の男性が頭を下げてくれた。そして横たわっていた人物は私たちが入ってきたのを見て、ゆっくりと身体を起こした。

「じいさん、こちら三日月今日子さんの孫で三日月晶子さん」

 紹介されて私は名前を名乗り、頭を下げる。すると社長は目をこれでもかというくらい見開いた。

「おお。これは、これは」

 忙しい社長を私のような一社員が、直接見る機会などほとんどない。おぼつかない記憶を辿ってみると、なにかの総会で遠巻きに見た社長は、スーツをびしっと決めて、ロマンスグレーでどこか近寄りがたい厳しそうなオーラをまとった人だった。

 でも今は、少し痩せて髪が乱れているからか、おじいちゃん、と呼んでもおかしくない雰囲気だ。いつもの社長を身近に知っている宝木さんが心配になっているのも、なんとなく分かる気がした。

「今日子さんのお孫さんが、うちの社員だとは知ってはおったが、こうして直接お会いするのははじめてだ。晶子さん、悪いがここに座って、少し眼鏡をはずしてもらえるか?」

「あ、はい」

 言われたとおり、黒縁の眼鏡をはずしてベッドの近くにある椅子に腰掛けた。社長と目線の高さが重なり、その顔をじっと見る。

 肝心の視界は不鮮明でぼやけるが、その方が至近距離で顔を見られても緊張することはない。社長はしばらく私の顔を見つめると、うんうんとなにかを思い出すように頷いた。

「やはり今日子さんのお孫さんだ。しっかり彼女の面影を残している」

 祖母に似ている、と言われるのは、たいてい妹の方で、私自身がそんな風に言われることはほとんどないので、なんだか照れくさくなってしまった。眼鏡を再びかけると、社長は今度は私の後ろに立っている宝木さんの方に視線をやった。
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