次期社長と甘キュン!?お試し結婚
「そのことで、直人に改めて話があって」

 おかげで、私は意を決して口を開いた。心臓の音が煩くて、口の中が乾いていく。直人は少しだけ眉を寄せてこちらを見た。

「まさかあの記事のことを信じてるのか?」

 私は静かに首を横に振る。

「違うの。そうじゃなくて……朋子がね、あの、ずっと付き合っていた俳優の彼と別れたんだって」

「だから?」

 こちらが必死に振り絞って告げた言葉に対し、直人はなんでもないかのように返してきた。もしかしたら、朋子から聞いていたんだろうか。

 多少の動揺か反応を示してくれると思ったので、私は続きを促され困ってしまった。自分から話題を振っておいて、これ以上なんて言えばいいのか。言わなければいけないのか。

「……だから、もしも直人が望むなら、その、改めて結婚の話を、考え直しても、いいよ?」

 直人の顔が見られず、俯きがちに答えて、心臓が一気に加速する。曖昧に紡いだ言葉だが、聡い彼になら十分、意味は伝わったはずだ。

 実際に朋子に会って、直人の気持ちはどうだったんだろう。少なくとも悪い印象は抱いていないはずだ。直人は優しいから、もし朋子のことが気になっていても、私に義理立てするかもしれない。そんなのは嫌だ。

 だから、私が言わないと。心臓が壊れそうに痛くて、ふらふらと足元も覚束ない。直人の靴を睨むようにしてじっとなにかに耐えた。

「晶子は、それでいいのか?」

 その言い方で、直人の気持ちが見えた気がして、じんわりと目の奥が熱くなる。もしかして、私からの言葉を直人は待っていたのかもしれない。だから、私の答えは決まっていた。
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