次期社長と甘キュン!?お試し結婚
「い、いよ、今までの私とのことは、白紙に戻してくれて。だって、直人が最初から朋子のことを望んでたのは知ってたし。それに、朋子と私だったら、朋子の方を選ぶのが当然というか」

 気持ちを誤魔化すかのように、自分に言い訳するために私は必死だった。藤沢くんにしたって、今までだって何度もこんなことはあった。朋子と張り合うだけ無駄だ。

 直人は悪くない。これは当たり前の結果で、それを自分に言い聞かせて、ずっと傷つかないようにしてきた。だから今回だってできる。諦められる。前を向けるはずだ。

 小さく、そうか、と直人の漏らした声が聞こえた。そして

「分かった。なら、今までの結婚話は全部、白紙に戻してくれ」

 静かに告げられた言葉は空気を振動させて私の耳に届いた。それと同時に頭を殴られたような鈍い痛みが走って、唇をきつく真一文字に結んだまま、立ちすくむ。

 分かっていたことなのに、覚悟していたことなのに。抉られる様に痛むのはどこなのか。

 なにか、反応しなくては。軽く頷けばいいだけだ。それでも、今少しでも動いたら、なにかを口にしたら、堰き止めていたものが溢れそうで怖い。

 白くなるほど強く自分の手を握って、必死で耐えていると、直人がゆっくりとこちらに歩み寄ってきたのが分かった。でも私はやっぱりなにも言えなくて、顔を上げることもできない。

 ただ、終わりを迎える自分たちの関係を静かに受け入れることしかできない。
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