次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 電話を放り投げて仰向けになる。もうなにも考えたくなかった。頭を枕にぐっと沈め、なんだか夢見心地だ。気分がいいかと聞かれれば、まったくそんなことはないが。

「おばあちゃんも、なんでそんな話なんてしたのよ」

 本当に私たち孫のことを考えたら、そんな一方的な約束をすることはないと思うけど。叔母の言うとおり、男っ気のない私を本気で心配してのことだったのか。いや、祖母が社長と約束を交わしたのはもっと前のはずだ。

 どうして私の意志を無視してこう色々と話が進むのか。そう思って頭を振り、勢いよく上半身を起こした。違う、人のせいにしてもしょうがない。しっかりしろ。

 だって私は、はっきりと自分の意志を伝えることをしていない。あとは君の問題だろう、と宝木さんに言われたことを思い出す。

 やっぱり私には無理だと断ろうか。でも明確に断る理由も浮かばない。世の中、一回のお見合いで結婚を決める事だって珍しくはないし、叔母の言うとおり、宝木さんは私にはもったいないくらい素敵だとは思う。

 でも、それで結婚を決めていいのか。私はなにを望んでいるのか、どうしたいのか。こういうとき、結婚に対して憧れも……こだわりがないのは問題だ。

『相手や周りに変わることを望んでも難しいのよ。それなら自分が変わらなきゃ』

 ふと、本当にそばで言われかのように、鮮明に祖母の言葉が頭を過ぎった。

 祖母は病気を患って、今までのような演技ができないのなら、とあっさり女優業を引退した。その引き際は惜しまれながらも見事なもので、仕事にどれほどの誇りを持っていたか、よく分かる。

 その頃、母は妹の女優業をサポートするため、マネージャーとして、つきっきりになり、麻子叔母が祖母の面倒を見ていてくれた。もちろん、私もできることは手伝った。

 そして皮肉にも、ずっと女優として忙しくしていた祖母と、孫としてゆっくりと過ごせたのは、祖母が病気になってからのことだ。

 祖母はいつも茶目っ気たっぷりな笑顔を浮かべて、私の話を口を挟まずに最後まで聞いてくれた。そして心に響く言葉をたくさんくれたのだ。

『いい、晶子? もしもあなたと結婚したいって男性が現れたら――』
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