次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 彼女が飼っていた犬に似ているから、どこか懐かしく感じて、居心地悪くなく過ごせるのか。だから、柄にもなく一緒にDVDを観ようと言ったのか。

 三島さんに言った手前も、もちろんある。でも、なんだか彼女ともう少しだけ一緒に過ごす時間を増やしてもいいと思ったのもあった。

 しかし、一緒に観てみると、予想外に映画の内容は、胸にくるものがあった。まさかの内容に、ちらりと彼女の横顔を盗み見すると、その顔は真剣に画面を見つめている。

 その顔が思った以上に綺麗で、目を引いた。本当にただ一緒に観るだけで、彼女は余計な話を振ってくることもなければ、俺を気にする素振りも、見向きさえもしない。

 少しでも彼女の意識を、目を、俺に向けて欲しいと自然と思えた。それは、彼女と結婚しなくてはならないから、とかそんなことを抜きにして、自分の中から湧いて出た感情で、だからか、結局俺は、最後まで席を立てず、動くことができなかった。
 
 そして、彼女の反応は、やっぱり普通だった。普通、というと語弊がある。こんな大人の男が映画ぐらいで涙腺が緩んでいる事態になっても、彼女はなんでもないかのような態度だった。

 おかげで、俺は聞かれてもいないのに自分の子どもの頃の話をした。同情して欲しかったわけでも、気を引きたかったわけでもない。それならもっと上手いやり方があるのを知っている。

 でも、これはまったく取り繕えていない素の自分で、自分の弱さだとはっきりと自覚して告げた。彼女になら話してもいいと思えた。それがどうしてなのか、と深く突き詰めて考えることはできなかったが。
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