次期社長と甘キュン!?お試し結婚
｢な、なに言ってるの！？｣

　そして、どういうわけかソファから立ち上がり、離れようとする彼女だったが、俺が手を掴んでいたので、それが叶わず、精一杯距離をとって、耳まで赤くしながら俯いている。まさにさっきまでの勢いはどこへやら、だ。

　彼女に告げたのは、本心で、俺はきっと初めて見た彼女の泣き顔を二度と忘れることはないと思う。

　今までだって祖母や妹のことで、必要以上に傷ついたり、辛いことがあっただろうが、彼女は滅多に泣いたりしない、怒ったりもしない。

　自分ばかりが、彼女の前で弱さをさらす一方で、彼女はどんな風に泣くんだろうか、どんなことで泣いたりするんだろうか、とぼんやりと考えたことがある。

　泣いてほしいわけじゃない。でも、我慢させたり、一人で抱え込ませるようなことはして欲しくなくて、辛いときは素直に甘えてほしかった。

　でも、まさか自分のせいで彼女を泣かせることになるなんて、俺の何気ない一言で彼女が泣くなんて、夢にも思っていなかった。

　瞬きひとつせず、じっとこちらを見つめるその瞳から、大粒の涙がこぼれて、頬に跡を残していった。ひどく静かで、なにかに耐えるような表情。

　女性の泣き顔なんて見慣れていた。でも、彼女の泣き顔は別格だった。彼女が泣いていることが信じられず、そして、その泣き顔に目を奪われる。

　あんな顔をさせたのは、自分自身なのかと思うと、堪らなくなって、彼女がどうして泣いたのかという理由を考えるまでには至らなかった。ただ、もう二度と自分のせいであんな顔をさせるのだけは御免だと本気で思った。
< 217 / 218 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop