次期社長と甘キュン!?お試し結婚
「ちょっ」

 噛みつくように叫んだが、彼はそれをものともせず腰に回した腕に力を入れてくる。

「俺のことを好きになりたいんだろ?」

 低い声が鼓膜を、胸を震わせる。至近距離でまっすぐに告げられ、とっさに私はなにも言えなかった。おかげで再度、彼に唇を重ねられるのを許してしまう。強引なくせにキスは優しくて、そのことに戸惑いながらも、彼の肩を押した。

「私、こういうのは」

「少し調べたんだが」

「はい?」

 こちらの言葉を遮って、唐突に話し始める彼に毒気を抜かれる。とりあえずこの距離の近さをなんとかして欲しいのに、離してはもらえない。彼はかまわずに続けた。

「キスは愛情表現のためでもあるが、元々は本能的にお互いの相性を確かめるために行うらしい」

「……はぁ」

「その相性が悪くなければ、相手に好意を抱くことに繋がる。キスをすることで相手を意識して、好きになる事例も多々あるそうだ」

 私は目を丸くした。なにやら難しい理屈を並べてはいるけれど、つまりは。

 理解すると同時に思わず吹き出してしまった。そんな私に対し今度は彼が目を丸くする。どうやら彼は律儀にも、私が彼のことを好きになるために色々と調べたらしい。

 この前会ったときもそうだが、口説くつもりなら彼はもっとそれなりのことを言うはずだ。そうではないということは、大真面目に言ってるのだろう。

「なにがおかしい?」

 少し怒ったトーンがそれを裏付けていて、私は必死に笑いを堪えた。

「ごめんなさい。でも、その理論は間違ってはないと思うけど、すべてには当てはまらないと思う。じゃないと、カップルを演じた俳優さんたちはみんなお互いを好きになって大変じゃない?」

 虚を衝かれたような彼の表情に私は微笑ましい気持ちと同時に、なんだか申し訳なくなってくる。
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