次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 私の祖母、三日月今日子と彼の祖父、宝木忠光は若い頃に恋人同士だったらしい。しかし旧家の跡取りと売れていない舞台女優の恋の行く末など火を見るより明らかで、二人が結ばれることは結局なかった。

 そして、二人は数十年後に再会を果たす。片や貿易事業を成功させ、その名を業界に轟かせており、片や国民的大女優とまで言われるようになっていた二人は、昔話に花を咲かせながら再会を喜んだという。

 そこまで聞くと、よくある話なのだが、問題はそのときに交わされたある話だ。

「もし叶えられるなら、孫たちにこの想いを継いでもらおう。君の血を引く者が宝木に入ってくれることを心から願っている」

 彼はそこに書かれている文書を読み上げるかのごとく淡々とした口調で、私も祖母から聞かされていた彼の祖父の台詞を口にした。

「まったく、馬鹿げているな」

 続いて、顔をしかめて吐き捨てるような言い草に、私は矛盾を感じた。

「たしかに当事者同士にしてみれば、とんでもない話ですけど、祖母も他界していますし、律儀に守らなくても……」

 この口約束には法的なものも、強制力もなにもない。懐かしい恋人に会えて、お互い舞い上がってしまった挙句の話とも思えなくもない。

 つまり、嫌なら断ってしまえばいいのだ。祖母に聞かされてきたこととはいえ、どこまで本当なのか私たち姉妹も半信半疑だったし、現に麻子叔母が話をもってくるまで忘れてさえいた。

 私の言い分に、彼は眉間の皺をさらに深くする。
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