次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 だからって、こんな馬鹿な話があるだろうか。祖父母の約束、正確には祖父の望みを叶えるために、好きでもない女と結婚するなんて。ましてや相手がこの私だというのだから、彼はとんでもなく酔狂だ。

 湯船に浸かって宙を見ながら、今日のやり取りを思い出す。ワンルームのマンションのユニットバスは、足も伸ばせないし、髪を洗うのも一苦労で、お世辞にも快適とは言えない。

 それでも限られた予算で立地を意識しながら、私にとって一番大事なのは部屋の収納スペースだった。だから、あとのことは、あまり気にしない。

 バスタブから上がり、水滴のついた洗面所の鏡に映った自分を見た。視界がはっきりしないのは、視力のせいか、この湿気のせいか。

「君も三日月今日子の孫だろう、か」

 事実だけで言えばそうなのだが、祖母の孫として、色々と受け継いだのは妹の方だった。

 昔から可愛らしく愛嬌があり器量も良かった妹は子役として早々にデビューすることになった。七光りだとか言われる祖母のプレッシャーをものともせず、年齢を重ねるにつれて一皮も二皮も剥けて綺麗になっていき、光る演技力はまさしく三日月今日子の血を引いていた。

 今では数々の賞を受賞し、有名な映画監督からお墨付きも得ている立派な女優だ。

 対する私はというと、外見的にも地味で器量もあまりよくない。これといった特技も個性もなく、言われるのは「三日月今日子の孫」というより「三日月朋子の姉」というのが私のアイデンティティーだったりする。
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