縛 り
過去
──前の旦那様はとても素敵な人だった。
いつも美味しいと言ってご飯を食べてくれた。
定期的に私の為に可愛らしい簪や櫛、偶には着物もくれた。
私が嬉しい事は沢山してくれて、嫌な事は何もされなかった。
とても、良い人だった。
沢山私を愛してくれた。
だから、命に限りがあると知った時は悲しかったし、別れの時には涙が出た。
だけど、それでも。
最後の最後まで、私は彼を愛することは出来なかった。
今でも思う。
彼が居てくれて、彼と一緒に暮らせて良かったと。
だけどそれは彼の人の良さに甘えた気持ちだ。
一度だけ、彼に情事を迫られた事があった。
勿論、夫婦の間では普通の事であり、私も覚悟していた。
なのに、いざとなると私は怖気づき、更には別の異性が脳裏を過ぎってしまった。
厚顔な私はそれだけに留まらず彼を突き飛ばした上、泣いた。
ただ涙が止まらなかった。
そんなものを見た彼は優しく私の涙を拭い、はだけた寝間着を綺麗に直した。
それから自分のも着直し、そっと頭を撫でてくれた。
後は眠っただけ。
私はとても安心した。
何もなくて良かった、と。
彼にとっては何一つ良くないのに。
だけど彼は何も言わず、それ以降、触れ合う事は無かった。
私はそんな彼の優しさをずっと利用していたのだ。
死ぬ間際まで。