彼の青色
--だから、それが修行なのよ--

ぼんやりとしていたら、ふと隣からそんな会話が耳に入り、顔を上げた。
朝十時、駅に隣接するセルフコーヒーショップはほぼ満席。
中途半端な時間のせいか、サラリーマンや学生の姿はあまり見られず、ほとんどが中年の男女客だった。
より多くのテーブル数を確保するため、隣の席との距離がものすごく近い。
丸い二人掛けのテーブルに、一人で座る私の隣には、同じく二人掛けのテーブルにご婦人が二人、顔をくっつけるように話し込んでいた。

「亡くなって七年でしょう? 」

一体、なんの話だろうと少しだけ耳をすませて、すぐにどうでもよくなる。
それでも、一度耳に入ってきた会話を頭から追い出すのはなかなか難しい。

「私が知ってる限りでは髪も真っ白で、毛も少ないんだけどね、やっぱり旦那さんが一人残るとねぇ。惨め」

「ほんと、惨め」

惨め、そう言いながらも嬉しそうなのはそれが他人だからなのだろう。

特においしいとは思わないけれど、つい暇になると飲んでしまう、一杯三百円のアイスコーヒーをわざとずずずと飲み干して立ち上がる。

スマートフォンの画面をちらりと見てから、空のグラスを下げ台に置いて店を出た。
十時十分。
彼は今頃、なにをしているのだろうと考えたあとすぐに、水曜日は二限から六限まである、と話していたことを思い出した。
私もちゃんと大学に行かなきゃなぁ、今朝は行くつもりだったんだけどなぁ、本当に。
雨が降っていなかったら、行くつもりだったんだけどなぁ。
心の中で誰に言うでもなく言い訳をしながら、赤色の傘をさし、家に向かって歩く。

彼の住む町も、雨が降っているのだろうか。
それとも晴れているのだろうか。

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