彼の青色
「そんなに会いたいなら、会いに行けばいいじゃない」

CDショップの女友達はあきれたようにそう言って、手元の伝票に目を落とす。

「新幹線で二時間ちょいでしょ。今からでも行こうと思えばすぐ行けるじゃない」

全然わかってない。
そういう問題じゃない。

「じゃあどういう問題なの?」

「急に行ったら、びっくりしちゃうし」

「え? 迷惑かも、とか思うの?」

「そうじゃないけど」

いや、違う。
私は心のどこかで迷惑かもと思っている。

「彼にだって予定があるじゃない?」

「あんたは毎日暇そうだもんね」

「だから、急に行っても、ほら、会えるかわかんないし」

「予定って言ったって、大学かバイトか友達と遊ぶとかでしょ? そんなの、私だったら全部キャンセルする。遠距離の恋人が会いに来るって言うんなら、全部ほっぽり出して会いに行くけど」

「そう……かもしれないけど」

私でもきっとそうする。
もし、彼が今すぐこっちに来てくれるというなら、どんな用事だってほっぽりして会いに行くけど。

同じことを彼がしてくれるかと考えたら。

「不安なんだ? 寂しいのは自分だけなんじゃないかとか思ってるんでしょう?」

まるで見透かしたように、試すように女友達は私の瞳をのぞきこんだ。

「別に」

強がって答えながら、胸で揺れるムーンストーンを無意識に手のひらに乗せていた。

女友達が私の胸元を顎で指し示しながら「それさぁ」と口を開く。

「ムーンストーンでしょ?」

「うん。よく、知ってるね」

「私、パワーストーンとか占いとか意外と好きだから」

「彼からもらった」

なるべく自慢げにならないように、惚気っぽくならないように言ったつもりだったけど、女友達はそんなこともお見通しと言いたげに「いいじゃん」とくすくすと笑い、私はなんだか気恥ずかしくなってうつむいた。

「あんたたちにぴったり」

「え?」

どういう意味?
顔を上げると、女友達はえ?と聞き返して「知らないの?」とあきれた声を出した。

「知らないってなにを?」

「もらったときに、石の意味とか聞かなかったの?」

「石に、意味があるの?」

女友達は、ありゃりゃと言いながら仰け反るという古臭いリアクションを取って、「あるっつうの」と姿勢を正して言った。

「ムーンストーンの意味っていうか効果はね。んーと、なんていうのかな。……持っている人を幸せで満たすとか、危険から守るとか、まぁ、離れてても自分の代わりにそばにいる的な……そんな感じ?」

女友達は「合ってたかな」と小さな声でつぶやく。

「まぁ、離れてても、そばにいるよっていう意味でそれをくれたんじゃない?」

胸元の白い石を手のひらにのせて、出発の前日にこれをくれた時の、彼の顔を思い出した。

『離れててもそばにいるよ』

そうだ。
彼はたしか、そう言った。
とてもとても小さな声で。
私を真っ直ぐにじっと見つめながら。

「寂しいのはお互い様なんじゃないの?」

女友達は静かに言う。

会いたい。
彼に、会いたい。

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