彼の青色
普通の電車と変わらないな、というのが一番最初に感じたことだ。
早いとは言っても、窓から見える景色は私がいつも乗ってる通学電車とあまり変わりない。
平日の午後という中途半端な時間のせいか、自由席はすいていて、私は一番前の窓際の席に腰掛けた。

彼に会いたい。

ただ、それだけだ。

それだけで、その気持ちだけで、私は驚くべき速さで行動にうつした。
それこそ、今、乗っている新幹線よりも早く。
銀行でお金をおろしているときも、駅について駅員さんに聞きながら新幹線のチケットを買ったときも、ホームに到着した白色の新幹線に乗り込んだときも、とても冷静だった。

だけど、新幹線が静かに動き始めた瞬間から、急に自分のしたことに対する不安が押し寄せてきている。
ここまで「会いたい」という気持ちひとつで突っ走ってきたけれど。

彼にはまだ伝えていない。

どう伝えればいいのだろう。

彼はどんな顔をするだろう。

その前に、なにか用事をしていて連絡しても気づかなかったらどうしよう。

いろんな悪いことが頭をぐるぐる回る一方で、もうすぐ彼に会えるかもしれない、今この瞬間も少しずつ彼に近づいているという嬉しさが交互に押し寄せてきて、混乱のあまり泣いてしまいそうだ。

どうしよう。
どうしたらいい?
なんて、言えばいい?
もし、会えなかったら?
いっそのこと、なんにも告げずにこのまま帰ってしまおうか。
あぁ、でもやっぱり彼に会いたい。
指に、髪に、頬に、唇に触れたい。
寂しいのは私だけではないと、彼だって寂しいのだとわかれば、私はきっと安心する。

迷っている間にも、どんどん彼の住む駅に近づいているというのに、私の意思は固まらない。

だから、私は賭けをすることにした。

新幹線から富士山が見えたらラッキーだとどこかで聞いた。
年に何回くらい見えるものなのか知らないけど、毎回見れるものではないらしい。

だから、私は賭けをする。

富士山が見えたら、彼に電話をかけようと。

富士山が見えるのは東京駅を出てから45分頃。
見えるのはE席。
私は自分が座っている座席の番号を確かめて、小さくうなづく。
大丈夫。

それから、新幹線内の電子掲示板をにらみつける。

電子掲示板のデジタル時計が時間を表示する。

そろそろだ。

息をとめて、窓の外に目を向ける。



言葉にならないため息のせいで、目の前の窓が白く曇った。




彼に会えるまであと一時間半だとデジタル時計が教えてくれる。




end.






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