彼の青色
電話は五日に一回。
彼からかかってくる。
彼の深夜のバイトがない日の夜十時頃に決まって。
頻度も時間も、決めたわけではないのだけど、いつの間にかそうなっていて、だから私は自分からは絶対にかけない。

「元気?」

「元気。そっちは?」

私達は毎回必ずそうやって挨拶する。
それは、質問なんかではなくて、あくまで挨拶。

もちろん、いつも元気なわけはなくて、だからそんな時は「あ、でもちょっと風邪気味」だとか、「女の子の日だから、ちょっとしんどい」なんて付け加えたりする。

「もうすっかり冬だよな」

電話の向こう、すこし鼻声の彼は小さく咳払いをする。
私は電話のこちら側で首を傾げる。
春も夏も秋も冬も、いつも彼の住む地域から順に訪れる気がする。
それでも、こちらはまだ暖かいと言えば、二人の距離を一層深く自覚してしまう気がして、私は「そうだね」と返した。

彼の通う大学のお祭りが二日前に無事に終わったこと、先輩に頼まれてポップコーンのお店を手伝ったこと、しょうゆバター味が午前中に売り切れてしまったこと、準備から片付けまで三日間も手伝って、五百円しかもらえなかったこと。

彼の話に相槌や質問を挟みながら、電話のこちら側の私は目を閉じる。
まるで隣にいるような気持ちになれるから。

ふわぁと彼が電話の向こうであくびをする。
それはなんというか、とても平和的な音で、私は子犬の母親になったような気持ちになる。
きっと、彼は今すごく眠くって(そりゃそうだ、十二時まで寝ていた私と違って、彼は今日五時起きだったのだから)それでも一生懸命、目をこすりながら起きていてくれているのだろう。

当てていた携帯を耳から離すと液晶が光って02:15と表示されていた。

「携帯ってさぁ、耳から離すと光るよね。耳に当ててるときは暗いのに」
我ながらどうでもいい。
「ん? 光る?」と不思議そうに聞き返したあと、しばらくして「ほんとだ」と少し嬉しそうに彼が言う。
「なんでだろうね」
「なんでだろう」
「体温とか?」
「静電気とか?」
「わかんないね」
そこで、もう一度ちいさなあくび。
電話なのに、そのあくびは私にも感染する。
「寝ようか」
その言葉をいうのはいつも私。
彼にそう言われるのが嫌だから。
さみしくなるから、だから私が先に言うと決めている。
「うん……寝る……」
子犬みたいに眠たそうな声。
きっともう彼の思考回路は停止している。
今すぐそばに行って、わしゃわしゃーって頭を撫でてあげたい。
そういえば、今、髪はどれくらいの長さなんだろう。
そういえば、前回会ったのっていつだっけ。
目を閉じても浮かんでくる彼の姿はいつだって長い間見ていた高校の制服を着ている。

私は、今の彼のことをあまりよく知らない。

「ねぇ……私、遠距離って苦手だな」

言ってすぐに後悔した。
こんなことを言っちゃう前に「おやすみ」と電話を切ればよかったとすぐに後悔して、だけどそのセリフは早かれ遅かれきっといつか彼に言ってしまっていたのだろう。
だって、ずっとずっと私思っていたんだもの。

『遠距離はしたくない』



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