透き通る季節の中で
「雷雨のときは、走るのをやめて、屋根の下に避難にしてくださいね」
 橘先輩に注意された。

 前々から言われていたことなのに、私はルールを破ってしまった。

「山下くんは、どうしたの?」
 美咲が私に尋ねてきた。

「一緒に走ってたんじゃないの?」
 友紀も私に尋ねてきた。

「そのままだと、風邪を引くわよ」
 まっちゃんが私にタオルを手渡してくれた。

「もうすぐ戻ってくると思うんだけど……」
 私はしどろもどろな答え方をしてしまった。

 亮太はすぐに戻ってくる。もうすぐ戻ってくる。

 もの凄い雨だったね。と私に言ってくるはず。



 ピロティで待っていたものの、亮太は戻ってこない。

 雨は一向に止まず、風も強いまま。

 空はピカッと光り、雷鳴が轟く。

 私がピロティに来てから、十分以上経っている。

 どこかで雨宿りしているのだろうか。

 亮太はどこにいるのだろう。どうしているのだろう。

 いくらなんでも遅すぎる。

「私が捜しに行きます」
 橘先輩が心配そうな顔で言った。

「あたしも捜しに行きます」
 美咲も心配そうな顔で言った。

 橘先輩と美咲がヤッケを着て、ピロティから飛び出していった。
 
 私は橘先輩と美咲の後に続いた。

 亮太は大丈夫だろうか。
 亮太は無事だろうか。

 とにかく心配で不安でたまらない。



 橘先輩と美咲は、暗い坂道を下っていく。
 どんどんどんどん下っていく。
 土砂降りの雨の中を下っていく。



「人が倒れてるわよ!」
 


 橘先輩の声が聞こえた瞬間、私は前方に目を向けた。

 

 人がうつ伏せで倒れている。坂の途中で倒れている。



 あの人は……亮太じゃない。きっと他の人だ。亮太が倒れるはずがない。きっと他の人だ。

 あの人は…………亮太じゃない。



「山下くんよ!」



 山下くん……。確かにそう聞こえた。山下くん……山下くん……



「亮太! 亮太! 亮太! どうしたの!」
 亮太の体を何度もさすってみたけど、全く反応がない。

 

 坂の上から流れ落ちてくる滝のような水が、亮太の体を押し流そうとしている。

 

 これは……現実なのか……



「私と中村さんとで心臓マッサージをします! 佐藤さんは救急車を呼んでください!」
 橘先輩の大声が頭に響いた。



 ただただ体が冷たくて……嫌な寒気がする……

 私はどこにいて……何をしているのだろう……



「何をしているの! 早く行きなさい!」
 また橘先輩の大声が頭に響いた。

「咲樹! 咲樹! しっかりしなさい!」
 美咲の大声も頭に響く。

「山下くんは! あなたの大切な彼氏でしょ!」



 亮太は……私の……大切な彼氏……



 私は全力疾走で上り坂を駆け上がった。
 
 出来る限りの力で走ってピロティに戻った。

 亮太が坂道で倒れていることを、部員のみんなに伝えた。



「先生を呼んでくるね!」
 友紀とまっちゃんが職員室の方に向かって走り出した。

「おい! みんな! 山下を助けに行くぞ!」
 先輩のみんながタオルと傘を持ち、裏門の方に向かって走り出した。

 私は部室に入り、携帯電話で救急車を呼んだ。



 亮太は絶対に助かる。橘先輩と美咲が心臓マッサージをしてくれているから大丈夫。

 私はそう自分に言い聞かせながら、亮太の元に走って向かった。



 亮太は仰向けになっていて、橘先輩が心臓マッサージを施している。

 一、二、三。一、二、三。一、二、三。一、二、三……

 亮太の顔は青白く、呼吸は戻らない。



 私は何もできず、亮太の顔を見つめていたところ、友紀とまっちゃんと何人かの先生が駆けつけてきた。

 いつの間にか、人だかりができている。



 雨は小降りになり、ようやく救急車が到着した。

 亮太は担架に乗せられ、救急車に運ばれた。

 橘先輩と川端先生が救急車に乗り込んだ。

「佐藤さんも乗って!」
 橘先輩に手を差し伸べられ、私も救急車に乗り込んだ。



 けたたましいサイレンの音が頭に鳴り響く。



「亮太! 亮太! 亮太! 私の声が聞こえるでしょ! お願いだから! 早く返事をして!」

「危ないので座ってください!」

「すみません……」



 亮太は集中治療室に運ばれた。

 中に入ろうとしたら、看護師さんに止められた。

 集中治療室の前で待っていたところ、美咲と友紀とまっちゃんが駆けつけてきた。

 亮太のご両親も駆けつけてきた。



 集中治療室の扉が開き、看護師さんが出てきた。



「山下さんのご両親ですね」

「はい、そうです」

 亮太のご両親は、集中治療室に入っていった。



 泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

 ずっとずっと聞こえてくる。

 

 亮太は……亮太は……亮太は……

 私の大好きな亮太は……

 

 強烈な吐き気がする。
 頭がくらくらする。
 胸が気持ち悪くて立っていられない。
 


 咲樹! 咲樹! 咲樹!



 どこからか、美咲の声が聞こえてくる。

 友紀とまっちゃんの声も聞こえてくる。



 ただただ目の下が冷たい。

 それ以外、何も感じない。
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