透き通る季節の中で
 月曜日の朝、私は黒の伊達メガネを掛けて家を出た。

 ただ歩いているだけなのに、みんなが私のことを見ているような気がする。
 私の周りに居る人たちの視線が気になってしまう。

 歩き慣れた通学路なのに、遠く遠く果てしない道のり。

 今は下を向いて歩くしかない。
 何も見ないように、何も聞かないように、何も感じないように、自分に言い聞かせながら歩くしかない。





「ねえ、聞いた? 四組の佐藤さんて、山下くんの彼氏だったのに、お通夜にもお葬式にも行かなかったんですって」
「それって本当なの? 信じらんない」
「あの人が佐藤さんよ」
「へえ、いかにも心が冷たそうな人に見えるわね」 

 廊下ですれ違った人たちが、私の噂話をしている。
 敢えて私に聞こえるように話しているのか、声が大きく聞こえる。

 確かに私は、お通夜にもお葬式にも参列しなかった。
 絶対に行かなければならなかったのに、行かなかった。
 行くのが怖かった。だから、行かなかった。

 亮太と私のことを知らない人に、どう思われたっていい。
 常識のない女だと思われたっていい。
 死別の悲しみを知らない人に、私の苦しみがわかるわけがない。





「あ、咲樹。学校に来るなら来るって連絡してくれればいいのに」
 美咲が私に声を掛けてきてくれた。

「咲樹のことを悪く言う人たちがいるかもしれないけど、外野の言うことなんて気にしちゃダメよ」
 私のことを優しく気遣ってくれる美咲は、本当に心強い味方。

「大丈夫だよ。心配を掛けて、ごめんね」
 本当は大丈夫じゃない。教室に入るのがものすごく怖い。
 ものすごく怖いけど、ここで逃げ出すわけにはいかない。





 私は勇気を出して、教室に入った。
 一目散に自分の席に着いた。

 クラスメイトの冷たい視線が突き刺さる。
 ひそひそと、声が聞こえる。
 挨拶すらされない。
 誰も私に話し掛けてこない。

 この重い空気に耐えられるだろうか。

 手に汗を掻いている。
 全身から冷や汗が出てくる。

 辛くて辛くてたまらない。
 苦しくて苦しくてたまらない。
 頬を伝うものが、汗なのか涙なのかわからない。






「出席を取るぞ。みんな自分の席に着け」

 重い空気が張り詰める中、ホームルームが始まった。

 いつもはガヤガヤとうるさいのに、今朝は静まり返っている。

 私はひたすら下を向いて、ぎゅっと目を閉じた。



「佐藤咲樹」
 先生に名前を呼ばれた。

「は、はい」
 私は下を向いたまま、小さな声で返事をした。

 小さな声だったのに、私の声が教室中に響き渡った。

 今はただ耐えるしかない。頑張って耐えるしかない。

 




 ホームルームが終わった後、担任の川又先生が、私に声を掛けてくれた。

 辛いとは思うが、頑張ろうな。

 ぽんと肩を叩かれた。



 頑張っています。これでも頑張っているんです。自己弁解ではありません。私は頑張っているんです。
 
 私はそう心の中で何度もつぶやいた。
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