透き通る季節の中で
 スーパーから十五分ほど歩いたところで、春子さんが立ち止まった。

「ここが私のアパートよ」

 春子さんのご自宅は、二階建てのアパートの二階。外観からして、築十年くらい。どの町にでもあるような、ごく普通のアパート。

「狭いところだけど、遠慮なく寛いでね」

「はい」

 春子さんがドアを開けた瞬間に、小さな女の子と男の子が玄関に向かって走ってきた。

 どうやらこの子たちが、春子さんのお子さんのよう。

「ママ! おかえり!」
 春子さんの二人のお子さんは口を揃えて言った。お母さんの帰りを待ちわびていたかのように。

「ただいま。帰りが遅くなって、ごめんね」
 優しい声で言った春子さんは、二人のお子さんの頭を交互に撫でた。

 娘さんのお名前は、日菜子ちゃん。息子さんのお名前は、寛太くん。
 
 二人のお子さんのお名前を、春子さんが私に教えてくれた。

 日菜子ちゃんも寛太くんも、にこにこと笑顔を振り撒いている。人見知りはしていない模様。





「こんばんは。お邪魔します」
 私は靴を脱いで、春子さん家に上がった。

 部屋の間取りは、2LDK。春子さんの寝室。日菜子ちゃんと寛太くんの子供部屋。八畳ほどのリビング。ダイニング。

「このお姉さんとお話しするから、日菜子と寛太は子供部屋で遊んでてね」

「うん。わかった」

 日菜子ちゃんと寛太くんは子供部屋に入り、テレビゲームを始めた。

 春子さんに案内されて、私はリビングに通された。



 思いの外、部屋は綺麗に片付けられている。

 旦那様の写真だろうか、横長の棚の上に男性の写真が飾られている。

 短髪で黒髪。ユニフォーム姿で野球のバットを持っている。

「あの写真の男性が、春子さんの旦那様なんですか?」
 さっそく春子さんに聞いてみた。

「そうよ。私の夫の正行ね。まさくんて呼んでたの」
 春子さんは笑顔で答えてくれた。

「ハンサムな旦那様ですね」
 別にお世辞ではない。

 春子さんはクスッと笑った。

「まさくんが聞いたら喜ぶんじゃないかな。お茶菓子とお茶を用意するから、そこのソファーに座って待っててね」

「あ、はい」

 春子さんはダイニングに行き、私は四人掛けのソファーに座らせてもらった。

 ふかふかしていて、座り心地がよい。前方に大きなテレビがある。

 このソファーに、家族四人で座っていたのだろうか。家族四人でテレビを観ていたのだろうか。どんな思い出が詰まっているのだろう。

 そんなことを考えているうちに、春子さんがリビングに戻ってきて、テーブルの上にお茶菓子とお茶を置いてくれた。

「スーパーでもらってきたものだから、遠慮なく食べてね」
 優しく言ってくれた春子さんは、私の真正面に正座した。

 私だけソファーに座っているのは……。私は急いで立ち上がった。

「お客さんなんだから、ソファーに座ってていいのに」

「いえいえ、私も床に座ります」
 緊張をほぐすため、私はお茶をひと口飲んで、お煎餅をいただいた。どう話を切り出したらいいのか。と考えながら。


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