透き通る季節の中で
「私はさ」

 春子さんが、旦那様を失ってからの日々について話してくれた。



 一日中、泣いて過ごし、仕事も家事も育児もせず、荒んだ生活を送っていたという。

 お酒を飲みながら、旦那様の写真に向かって独り言を言ったり、酷いことを言ったり、物に八つ当たりしたり。

 一人で悩み考えているうちに、貯金は底をつき始め、このままではいけないと思い、子供のために立ち上がったという。

 春子さんは、高校卒業後にご結婚されて、それからずっと専業主婦をしていたとのこと。

 資格は何も持っていなくて、これといったスキルもないため、コンビニのアルバイトを始めたという。

 時給の低いコンビニのアルバイトだけでは生計が立たず、スーパーのアルバイトも始めたとのこと。

 もっと収入を得るために、性風俗店で働こうと思ったことがあるらしい。

 駆け落ちで結婚したため、両親には頼れないという。

 仕事と家事と育児に追われるだけの忙しい毎日。

 自分の時間はほとんどない。

 ストレスは溜まる一方。

 極度の過労と睡眠不足。

 春子さんは風邪を引いて寝込み、日菜子ちゃんと寛太くんが付きっ切りで介抱してくれたという。

 風邪は治ったものの、再び体調を崩し、うつ病になり、心中を図ろうと、日菜子ちゃんと寛太くんの首を絞めかけたという。

 ギリギリのところで思いとどまったとのこと。



 そして、奇跡が起こり、現在に至る。



 このとき、私は思った。

 春子さんは、私よりずっと苦労している。

 春子さんは、私よりずっと強い人だと思う。

 日菜子ちゃんと寛太くんも強い子だと思う。

 私が知らないだけで、春子さんのような人は、他にもいると思う。

 自分はまだ恵まれている。と心から痛感した。



「咲樹ちゃん、大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です」

「私が思うにはね、まさくんは、天国で暮らしていると思うの」

「天国ですか」

「うん。私がピンチに陥ったから、天国から地上に降りてきて、空に絵と文字を描いてくれたんじゃないかなって」

「もしかしたら、そうかもしれませんね」

「うん。まさくんは、絵がものすごく下手だから、空に絵を描こうだなんて思わなかったと思うの。だから、誰かがまさくんを助けてくれたと思うの。絵が上手で親切な人がね」
 
 春子さんの表情はずっと明るいまま。



 天国……。

 私は天国について考えたことがなかった。

 いったいどんな世界なのだろう。と思う。

 今の私では想像できない。


 
「亮太も、天国で暮らしているのでしょうか」

「暮らしているんじゃないかな。亮太さんが亡くなってから、不思議な出来事はなかった?」

「そういえば、ありました」

「どんなことかな?」

 春子さんに、コスモスのことを話してみた。

「それも奇跡だと思うわよ。亮太さんも天国から地上に降りてきて、咲樹ちゃんにメッセージを送ったんじゃないかな」

「そうかもしれませんね」

 春子さんの言っているとおりだとしたら、亮太も天国で暮らしている。私を見守ってくれている。

 もしかしたら、天国で走っているかもしれない。

 そう思うと、少し気が楽になってくる。



「咲樹ちゃんと話せてよかったわ」

「私こそ、春子さんと話せてよかったです」

「よかったら、私と友達になってもらえないかな」

「はい! 喜んで!」

「ありがとう。すごく嬉しいわ」

「私もすごく嬉しいです」

 春子さんと携帯番号とメアドを交換した。

 何かあったら、いつでも連絡してね。気軽に遊びに来ていいからね。と笑顔で言ってくれた。



 春子さんのアパートの階段を下りたところで、空を見上げてみた。

 いくつもの星が輝いている。
 
 明るい星もあれば、暗い星もある。

 あの空のどこかに、天国があるのだろうか。
 
 亮太も天国で元気に暮らしていると信じて、これからもっと空を見上げようと思う。
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