透き通る季節の中で
 三月三十一日の午前中、美咲と友紀とまっちゃんと私との四人で学校に集まった。

 目的は、走り収め。みんなで外周をおもいっきり走る。

 四位の人が一位に人に、ショートケーキをおごるというルール。

 一周だけの真剣勝負。

 スタート地点は、裏門の前。

 ゴールは、体育館下のピロティ。

 

 美咲と友紀とまっちゃんは、走る気まんまん。引き締まった表情で、入念に準備体操をしている。

 この三人には勝てないと思うけど、私も全力で走ろうと思う。





「位置について、よーい、スタート!」
 美咲の合図で、一斉に走り始めた。
 
 美咲と友紀とまっちゃんは、猛ダッシュ。いつもより足の回転が速い。歩幅も広い。トップを競い合っている。

 その速さについていけない。私は早くも四番手。



 はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。

 全力で走ると息が切れる。



 三番手を走っている、友紀の背中がどんどん小さくなっていく。

 全力で走っているのに、なかなか追いつけない。

 どんどんどんどん引き離れていく。

 それでも諦めない。

 最後まで全力で走り切る。



 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 美咲とまっちゃんに負けてたまるものかあああああああああ!

 友紀の叫び声が聞こえてくる。



 はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。

 下り坂を下り終えたところで、だいぶ息が切れてきた。

 友紀の姿はもう見えない。

 走るのは苦しいけど、楽しい。

 やっぱり、走るのは楽しい。

 勝っても負けても楽しい。

 だから、私は走っている。






 
 はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。

 息を切らしながら、上り坂を駆け上がっていたとき、何か赤いものが目に映った。

 私は上り坂の途中で立ち止まり、赤いものに近寄った。



 春なのに、コスモスが咲いている。

 赤色のコスモスが咲いている。

 一輪だけ咲いている。

 同じ場所に咲いている。

 元気に咲いている。



 一輪だけ……

 何か意味があるのだろうか。

 赤色のコスモスを見つめながら考えてみた。

 一輪だけ……







 友紀とまっちゃんが着替えている間に、美咲に相談してみた。

 今日は、意見を言ってくれた。



 忘れなければ、いいんじゃないかな。忘れなければ、大丈夫なんじゃないかな。と言ってくれた。



 忘れなければ……



「ちょっと用事ができたから」
 美咲と友紀とまっちゃんに声を掛けて、私は学校を後にした。



 駅前のスーパーで、ボールペンと便箋と封筒とジップロックを買った。

 汗臭いまま、電車に乗り込んだ。

 座席に座って、手紙を書いた。



 思い出の海に行くのは、これで最後。





 

 亮太へ

 お元気ですか。私は元気です。

 今日は、久しぶりに外周を走りました。

 美咲と友紀とまっちゃんと私との四人で勝負しました。

 勝負の結果は、美咲が一位。まっちゃんが二位。友紀が三位。私は四位でした。

 上り坂の途中に、コスモスが咲いていました。赤色のコスモスです。

 亮太が咲かせたのでしょうか。

 私はそう思っています。

 亮太の夢は、フルマラソンを完走することでしたね。

 天国にも、マラソン大会があるのでしょうか。

 私は、この世界のマラソン大会に出場します。

 これからもっと練習を積んで、いろんなマラソン大会に出場しようと思っています。

 亮太と一緒に走る日は、まだだいぶ先になりそうです。

 私は、この世界で走り続けます。

 たくさんの思い出をありがとうございました。

 三月三十一日 佐藤咲樹
 


 手紙の入ったジップロックを海に流した。



「亮太! いっぱい! いっぱい! いっぱい! ありがとう! 亮太のことは絶対に忘れないからね!」
 
 空に向かって叫んだ。



 悲しいはずなのに、涙は出てこない。

 一滴も出てこない。

 不思議なことに出てこない。



 思い出とは、過去のもの。

 これから、新しい思い出を作る。

 明日から、私は新たな道に進む。

 前を向いて生きていくために。
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