透き通る季節の中で
 地元のファミレスでの打ち上げの席で、四人で話し合い、次に出場するマラソン大会は、十一月二十日に開催される市民マラソン大会に決まった。

 美咲も友紀もまっちゃんも、完走タイムを更新する。と言って、早くも意気込みを見せている。

 もちろん、私も完走タイムを更新したい。一分でも一秒でもいいから。

 そのためには、これからもっと、トレーニングを積む必要がある。





 帰りに春子さんの自宅を訪れた。

 約七ヶ月ぶりの訪問。

 春子さんも日菜子ちゃんも寛太くんも元気な様子で、私の訪問を喜んでくれた。

 マラソン大会の結果を報告したところ、春子さんが乾杯しよう。と言ってくれた。

 春子さんはビール。私もビール。日菜子ちゃんと寛太くんは、オレンジジュース。

 四人で乾杯した。



「おめでたい席だけど、咲樹ちゃんに話しておきたいことがあるの」
 笑顔から真剣な表情へ。

 私は襟を正して、春子さんのお話に耳を傾けた。



 春子さんは、SNSをやっていて、SNSを通じて知り合った人に、電話やチャットでカウンセリングを行っているという。

 中には、春子さんの自宅を訪れる人がいて、直接カウンセリングを行うこともあるとのこと。

 その多くの人は、死別経験者。



 私のように、若くして愛する人を失った女性や男性。
 彼氏を亡くした人。彼女を亡くした人。
 夫を亡くした人。妻を亡くした人。
 兄弟を亡くした人。姉妹を亡くした人。親を亡くした人。
 小さなお子さんを失った母親に父親。



 自分の実体験を話し、心理カウンセリングだけでなく、育児に関することや仕事のことまで相談に乗っているという。



 いろんな人のいろんな苦しみ。

 五年、十年、十五年、二十年。ずっと時が止まったままの人。

 中には、三十年以上も苦しみ続けている人がいるという。

 春子さんのように、うつ病になってしまった人も多いとのこと。

 眠れない日々が続き、不眠症になり、誰にも悩みを打ち明けられず、孤独な日々を送っている人も多いという。



「咲樹ちゃんは、もう大丈夫そうね」

「はい。おかげ様で」

「実際に自分でカウンセリングをしてみて、いくつかわかったことがあるの」

「どんなことでしょうか」

「趣味を持っている人と持っていない人とでは、立ち直りに差があるということ」

「立ち直りの差ですか」

「うん。辛いのも苦しいのも、みんな同じだと思うし、何をもって立ち直ったというのかは、難しいと思うんだけど、趣味を持っている人は、持っていない人に比べて、活力があるように感じるの」

「活力ですか」

「うん。例えば、本が好きな人は、本を読む。映画が好きな人は、映画を観る。音楽が好きな人は、音楽を聴く。旅行が好きな人は、旅行に行く。釣りが好きな人は、魚を釣る。写真が好きな人は、写真を撮る。他にもいっぱいあるけどね。趣味を楽しんでいるときは、辛いことはあまり考えないと思うの」

「そうかもしれませんね」

「うん。趣味を楽しめるようになるまでは、時間が掛かると思うんだけどね。趣味はないより、あったほうがいいと思うの」

「そうですね」

「うん。咲樹ちゃんは、走ることが好きで、マラソンをやってるでしょ」

「はい」

「咲樹ちゃんは、走り続けたことで、死別の苦しみを乗り越えた。そこまで元気になれた」

「そのとおりだと思います」

 さすが心理カウンセラー。私のことをよく理解してくれている。

 私は、走っていなかったら、いったいどうなっていたのだろう。

 ずっと塞ぎ込んでいたかもしれない。

 そう考えると、走ることが好きで、本当に良かったと思う。

 美咲、友紀、まっちゃんと一緒に、これからも、前を向いて走り続けていこうと改めて思った。



「重い話は、このくらいにしておきしましょうか。咲樹ちゃんに見せたいものがあるの」
 春子さんはそう言うと、勢いよく立ち上がり、寝室に入っていった。

 いったい何を見せてくれるのか、私は楽しみに待った。

「思い切って、一眼レフデジタルカメラを買ったのよ。分析してるだけじゃなくて、自分で実践しないとね」
 とても明るい声で言った春子さんの手には、ピカピカのカメラ。

 春子さんが一眼レフデジタルカメラを買ったのは、家計にゆとりが出てきた証拠だと思うし、心にゆとりが出てきた証拠だとも思う。

 本当に、自分のことのように嬉しい。

「写真も持ってくるわね」

「はい」

 とても嬉しそうにしている春子さんが、新しいカメラで撮ったという写真を見せてくれた。



 夜明け前の群青色の空
 オレンジ色の朝焼け空
 眩しい朝日
 雲ひとつない青空
 美味しそうな雲
 七色の虹
 幻想的な夕日
 ピンク色に染まった夕焼け空
 眩い光を放つ星空
 まんまるのお月様
 お料理中の日菜子ちゃん
 プラスチックバットを構えている寛太くん
 春子さんと日菜子ちゃんと寛太くんの笑顔のスリーショット

 人物写真もあるけど、空の写真が多い。



 その意味は、春子さんに聞かなくても、私にはわかる。



「この写真はね、この間、日菜子と寛太と一緒に散歩に行った時に撮った写真なの」
 写真について解説している春子さんの表情は、とても生き生きとしている。



 春子さんが撮った写真を見ながら、私は思った。

 春子さんは、もう大丈夫。

 メンタルクリニックを開業するという、夢に向かって突き進んでいくと思う。
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