透き通る季節の中で
「それでは、バイクに乗ってみましょう」

「はい」

 安藤さんが運転席にまたがった。

 後部座席は座高が高い。

 私は足をおもいっきり上げて、後部座席にまたがった。

「こんな感じでいいですか」

「それでいいです。僕の体をしっかり掴んでくださいね」

「はい」

 私は安藤さんの腰を掴んだ。

「どこに行くんですか?」

「海に行こうかと思っているんですが」

「海……ですか……」

「暑いので、海がいいかと」

「わかりました」

「それでは、出発します。慣れるまでは、ゆっくり走りますね」
 安藤さんは前を向いた。



 ブオン!

 安藤さんはアクセルをふかし、オートバイを発進させた。

 
 
 思っていた以上の加速。

 前が見えなくて、ものすごく怖い。

 景色を楽しむ余裕なんてない。

 あまりにも怖くて、私は目を閉じてしまった。



 風を感じる。

 涼しい風を感じる。

 優しい風を感じる。

 今までに感じたことのない新鮮な風。

 ビュービュー。ビュービュー。ビュービュー。

 風の音がだんだん大きくなっていく。

 なんともいえない優しい風が体を通り抜けていく。

 まるで風と一体化したかのような不思議な感覚。

 

 私は勇気を出して、目を開けてみた。

 安藤さんの背中が見える。

 大きな背中が見える。

 優しい背中が見える。



 次第に恐怖感は薄れていき、目を開けていられるようになった。

 車の窓から見える風景とはぜんぜん違う。

 街の風景が一瞬で流れていく。
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