透き通る季節の中で
 一時間ほど並んで、ようやく店内に入ることができた。

 並んだ甲斐があったのか、運が良かったのか、窓際のカウンター席に座ることができた。

 海が一望できる席。

 とっても眺めがいい。

 遠くの海に浮かんでいるヨットまで見える。



「僕がおごりますので、好きなものを注文してください」

「いいんですか」

「はい。何でも遠慮なく注文してください」

「どうもありがとうございます」

 私は安藤さんの好意を素直に受けることにした。

「僕は、これとこれにします」

 安藤さんは、海鮮パスタとシーフードグラタン。

 私は迷いに迷った挙句、安藤さんと同じメニューを選んだ。

 ドリンクは、安藤さんがアイスコーヒー。私はアイスレモンティー。








「安藤さんは、オートバイの運転がお上手ですね」

「いやあ、まだまだですよ。僕より上手な人はいっぱいいます」

「そうですか。このレストランにはよく来ているんですか?」

「入ったのは初めてですよ。目の前の海岸線はよく走っているんですがね」

「そうなんですか」

 安藤さんは、私に普通に接してくれている。

 もしかしたら、私の過去のことは何も知らないのかもしれない。

 そうだとしたら、安藤さんに、私の過去を話すべきか。話さないでおくべきか。

 話すとしたら、なるべく早く話したほうがいいのか。もう少し経ってから話したほうがいいのか。

「どうかしましたか」

「あの、安藤さんにお伺いしたいことがあるんですが」

「はい。何でしょうか」

「私の過去について、何かご存知ですか?」

「何も知りません」

「あ、そうなんですか」

「過去は知り過ぎないほうがいい。ヒアアフターという映画で、主人公のマットデイモンが言っていたセリフなんですが」

 マットデイモンは好きだけど、ヒアアフターという映画は、私は観たことがない。

 いったいどんな内容の映画なのだろう。

 スマホで検索すればわかるけど、今はやめておくことにした。

「過去は知り過ぎないほうがいい。ですか」

「はい。確か、そのようなセリフだったと思います」

 安藤さんは、それ以上、何も言わず、穏やかな表情で海を見つめている。

 今は無理に話さなくてもいい。

 そう考えて、私も海を見つめた。
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