透き通る季節の中で
 紅葉真っ只中の山道を走り続けて、昼食を食べるため、道の駅に立ち寄った。

 大型の観光バス、ワゴン車、乗用車、ツーリングのオートバイもいっぱい。

 紅葉シーズンということもあってか、駐車場は混んでいる。

 駐輪場にオートバイを止めて、ヘルメットを脱いだ瞬間、どこからか、歌声が聴こえてきた。ギターの音も聴こえてくる。

 その歌声のする方に目を向けると、道の駅の建物の前で路上ライブを行っている女性の姿が視界に入った。

 その女性の周りに人だかりができている。

「ちょっと聴いていこうか」

 新地のヘルメットを抱きかかえながら、一人で路上ライブを行っている女性の元に近寄った。

 大きなテンガロンハットを被っていて、アコースティックギターを片手に歌っている。パッと見た感じ、三十歳くらい。

 とても大きな声で歌っている。

 とても楽しそうに歌っている。

 その女性の隣に、茶トラ模様の猫がちょこんと座っている。

 にゃんにゃんにゃにゃにゃん♪ にゃにゃにゃにゃにゃあ♪

 その猫は、まるで歌っているかのように鳴いている。

 新地のヘルメットを抱きかかえたまま、テンガロンハット姿の女性と茶トラ模様の猫の歌声に耳を傾けた。







 演奏が終わり、大勢の観客から拍手が沸き起こった。

「あたしとちゃとらんの歌を聴いてくださいまして、ありがとうございました」

 テンガロンハット姿の女性は、観客に向かって頭を下げた。

 茶トラ模様の猫も頭を下げている。

 そこらじゅうから、写メの音が聞こえてくる。

 私もスマホで茶トラ模様の猫の写メを撮った。

 十円玉、五十円玉、百円玉、五百円玉、千円札。十数人の観客が、ギターケースにお金を入れた。

 お財布から百円玉を取り出して、私もギターケースにお金を入れた。

「どうもありがとう!」
 テンガロンハット姿の女性が笑顔で私にお礼を言ってくれた。

「にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃにゃにゃん」
 茶トラ模様の猫も、お礼を言っているかのように鳴いている。



「ちゃとらん! やったね! 五千円くらいあるよ!」

「にゃあ、にゃあ、にゃあ」

 テンガロンハット姿の女性は、嬉しそうにしながら、ギターケースに入っているお金を集めた。

「お土産を買いに行こうか」

「にゃにゃにゃん」

 テンガロンハット姿の女性は、ギターケースと大型のリュックサックを背負って、茶トラ模様の猫と一緒に道の駅の建物に入っていった。

「珍しい歌が聴けて良かったね」

 返事はないけれど、新地も喜んでいると思う。
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