透き通る季節の中で
「助けてくれて、ありがとうございました」
 テンガロンハット姿の女性に向かって頭を下げた。

「道の駅でナンパするなんて、馬鹿な奴らだね」
 そう言うと、テンガロンハットの女性はにこっと微笑んだ。
 
「何かお礼をしたいんですが」

「お礼は要らないよ」
 とてもクールな声。表情もクール。

 強くて格好良い女性だな。と私は思った。
 
「それでは私の気が済みません。よろしければ、あのレストランで、コーヒーでも飲みませんか」

「おごってくれるの?」

「はい。もちろん、私がおごります」

「あのお姉さんが、コーヒーをおごってくれるんだって」
 テンガロンハット姿の女性は笑顔で茶トラ模様の猫に話し掛けた。

「にゃあ、にゃあ、にゃあ」
 喜んでいるのだろうか、茶トラ模様の猫は可愛らしい鳴き声を上げた。



 



 道の駅のレストランに入り、四人席のテーブルに座った。

 私の向かいの席に座っているテンガロンハット姿の女性は、茶トラ模様の猫を膝に乗せている。

 人と猫だけど、まるで親子のように見える。

 私とテンガロンハット姿の女性は、ホットコーヒー。茶トラ模様の猫は、牛乳。



「可愛らしい猫ちゃんですね」

「うん。この子の名前は、ちゃとらんだよ」

「ちゃとらんですか。そういえば、先ほどの路上ライブで、ちゃとらんも歌っていましたね」

「うん。見世物にしたくないから、歌うなって言ってるんだけどね、あたしが歌うと、歌っちゃうのよ。おかげで助かってるんだけどね」

「そうなんですか」

「うん」

「にゃあ、にゃあ、にゃにゃにゃん」

「初めまして、こんにちは。だって」

「猫の言葉がわかるんですか?」

「いやあ、なんとなくね」
 テンガロンハット姿の女性は、ちゃとらんの頭を撫でながら、恥ずかしそうに微笑んだ。

 初対面なのに、なんだか親近感を覚える。



「あたしの名前は、佐藤さきだよ。よろしくね」

「私の名前も佐藤さきなんです」

「そうなんだ。なんだか奇遇だね」

「本当に奇遇ですね」

「あたしの名前は平仮名なんだけど、さきちゃんの名前も平仮名なの?」

「私の名前は漢字です。花が咲くの咲に、樹木の樹と書いて、咲樹といいます」

「咲樹ちゃんね」
 テンガロンハット姿の女性は、黒のマジックでテーブルに私の名前を書いた。

 店員さんに見つかったら、怒られてしまう。

 私は急いでテーブルに書かれた自分の名前を消した。



「同姓同名ですので、どうお呼びしたらいいでしょうか」

「じゃあさ、あたしのことは、姉さんって呼んでくれるかな」

「わかりました。姉さんと呼ばせていただきます」

「うん。咲樹ちゃんは、どうしてヘルメットを二つ持ってるの? 誰かを迎えに行く途中なのかな」

「それはですね」

 私がヘルメットを二つ持っている理由を姉さんに話してみた。



「そんな訳があったんだ」

「はい。ただの自己満足ですが」

「自己満足じゃないと思うよ。そのヘルメットの彼氏さん、すごく喜んでいるんじゃないかな」

「そう言ってもらえると、嬉しいです」

「ずっと前にね、咲樹ちゃんのような人に出会ったことがあるんだ」

「そうなんですか。その人のことを話してもらえませんか」

「いいけど、話すと長くなるんだ」

「そうですか」

 私はホットコーヒーを飲みながら考えた。

「姉さんは、今夜、どこに泊まるんですか?」

「もう少し歩いて、どこかにテントを張ろうと思ってるんだ」

「テントで野宿をするんですか?」

「うん。もうわかってると思うんだけど、あたしとちゃとらんは旅人なのよ。旅費を浮かせるために、テント泊まりが多いんだ」

「そうなんですか。もしよかったら、私と一緒に旅館に泊まりませんか?」

「いいの? ヘルメットの彼氏さんと一緒に泊まるんでしょ?」

「いいんです。新地は……。あ、私の彼の名前なんですが、そうしたほうが喜んでくれると思います」

「そっか。それじゃあ、泊まらせてもらおうかな」

「はい。チェックインは、三時です」

「咲樹ちゃんのおかげで、今夜は旅館に泊まれるよ。良かったね」
 姉さんがちゃとらんに話し掛けた。

「にゃあ、にゃあ、にゃあ」
 喜んでいるのだろうか、ちゃとらんは可愛らしい鳴き声を上げた。



「予約している旅館はペット不可ですので、ちゃとらんはどうしましょうか」

「いつも使ってる手があるのよ」
 姉さんはそう言うと、ちゃとらんを膝から降ろして座席から立ち上がり、大きなリュックサックを開いた。

「ちゃとらん、リュックの中に入って」

「にゃにゃにゃん」

 ちゃとらんは大きなリュックサックの中に入った。顔だけちょこんと出している。

 その可愛らしさに嬉しくなり、私は思わず写メを撮ってしまった。

「旅館に着いたら、顔も隠すのよ」
 姉さんがちゃとらんに話し掛けた。

「にゃにゃにゃん」
 わかったよ。とでも言っているのだろうか、ちゃとらんはリュックサックから顔を出したまま、可愛らしい鳴き声を上げた。

「それでは、旅館に行きましょうか」
 
 姉さんに新地のヘルメットを手渡した。

「あたしが被っていいのかな」

「いいんですよ」

「じゃあ、被らせてもらうね」

 姉さんは、ちゃとらんの入ったリュックサックを背負って、新地のヘルメットを被った。



 後部座席にまともに人を乗せて走るのは初めて。

 いつも以上に安全運転を心がけながら、旅館に向かってオートバイを発進させた。



 面白い人に出会えて良かったね。

 空耳かもしれないけど、新地の声が聞こえたような気がした。
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