透き通る季節の中で
 紅葉を楽しみながら、山道を走り続けて、三時過ぎに旅館に着いた。

 ちゃとらんは、姉さんに言われたとおり、すっぽり顔を隠している。

 ちょっとドキドキしながら、ロビーでチェックインを済ませた。

 私の心配をよそに、女中さんは何も気づかず、部屋に案内してくれた。



「わお、けっこう豪華な部屋だね」
 姉さんは、目を輝かせている。

 女中さんは、お茶を入れて、部屋から出ていった。

「ちゃとらん、もう出てきていいよ」
 姉さんがリュックサックを開けた。

「にゃにゃにゃん」
 ちゃとらんがリュックサックから飛び出してきた。

「お疲れ様」
 と声を掛けて、ちゃとらんの頭を撫でてみた。

「にゃあ、にゃあ、にゃあ」
 可愛らしい鳴き声で返事をしてくれたちゃとらんは、テーブルの上に飛び乗り、お茶を飲み始めた。

「ちゃとらんは、猫舌ではないんですね」

「うん。熱いものでも平気で飲むよ」

「そうなんですか」

「女中さんが部屋に入ってきたら、テーブルの下に隠れるのよ」
 姉さんがちゃとらんに言って聞かせた。

「にゃにゃにゃん」
 ちゃとらんは、すぐに返事をした。

「温泉に入りませんか」

「うん。入ろう」

 私と姉さんは、さっそく浴衣に着替えた。

 ちゃとらんは、部屋でお留守番。

 新地のヘルメットは、部屋に置いていくことにした。



 



 姉さんと二人で露天風呂に入った。

 庭園の木の葉も赤く色づいている。

 ライトアップされた紅葉も見事で美しい。

 ひんやりとした空気と温かい湯気。

 硫黄の香りが芳しい。

 旅の疲れが癒される。
 


「さっそくですが、先ほどのことを話してもらえませんか」

「うん。いいよ」

 気持ち良さそうに露天風呂に浸かっている姉さんが、過去のことを話してくれた。

 姉さんは、今から二年半前の春、会社をクビになり、ふらっと一人旅に出たという。

 路上ライブで旅費を稼ぎながら、歩いて旅をしているとのこと。

 部屋でお留守番中のちゃとらんとは、北海道の美瑛で出会ったという。

 それからずっと、ちゃとらんと二人で旅をしているとのこと。

 旅の楽しさは、人との出会い。動物との出会いも。
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