透き通る季節の中で
 姉さんは、旅先でいろんな人に出会ったという。

 その中の一人が、私と同じ境遇の女性。三年前の夏、新潟県の海岸で出会ったらしい。

 名前は、一之瀬綾香さん。年齢は、今現在、三十六歳。

 綾香さんという女性は、二十八歳のとき、五年間付き合った彼氏さんを亡くされたとのこと。

 それからずっと、二人の思い出の地である海に足を運び、彼氏さんに想いを伝え続けているという。

 会話をしているうちに、過去の辛い記憶がフラッシュバックして、綾香さんは、私は死にます! 死んで彼の元にいきます! と大声で叫んで、水入り自殺を図ろうとしたという。

 姉さんは、綾香さんに死の恐怖を教えるため、綾香さんと一緒に海に入ったとのこと。

 日本海の荒波に揉まれているうちに、二人とも意識を失ってしまい、奇跡的に生還を果たしたという。



 その後、姉さんは、一週間もの間、綾香さんと一緒に歩いて旅をしたという。

 綾香さんは、旅の中で何かを学び、だんだん元気になっていったとのこと。

 今現在は、実家の魚屋さんで働いているという。

 いずれは、お父さんの後を継いで、魚屋さんの店主になると言っていたらしい。

 姉さんは、携帯電話を持っていないため、公衆電話で連絡を取っているという。

 たまに手紙やお土産を送っているとのこと。

 綾香さんの気持ちは変わらないままだという。

 会ったことはないけれど、綾香さんにも親近感を覚える。



「あたしは、こう思ってるんだけどね」

 姉さんが、心に響くことを言ってくれた。



 人は亡くなって終わりじゃない。

 亡くなった後、どう接していくか。どう愛を伝えていくか。

 そうなったとき、本当の愛が試される。



 確かに、そのとおりだと思う。



 一年前の今頃、私は決断した。

 新地の手紙を読んで決断した。

 自分の気持ちも大切だけど、新地の気持ちも大切。

 気持ちを天秤に掛けるのは間違っていると思うけど、新地がそれを望んでいると思ったから。

 だから、私はオートバイで旅をしている。

 

 人生経験が豊富そうな姉さんから綾香さんの話を聞いて、その決断が、大きく揺らいできている。

 これから私はどうするべきなのか。



「偉そうなことを言って、ごめんね」

「いえいえ、いいんです。とても心に響きました」

「咲樹ちゃんは、何か考えを持って旅に出たんでしょ?」

「はい。そのとおりです」

「やっぱりね。あたしが言うのもなんだけど、もし、決めていることがあるなら、そのとおりに進んでいけばいいんじゃないかな。人生いろいろっていう言葉があるじゃない。どの道に進むかは、人それぞれ。咲樹ちゃんには、咲樹ちゃんの道があると思うの。誰に何を言われても、自分で決めた道を進んでいく。それが大切だと思うんだ」

 さすが姉さん。出会って間もないというのに、私の心理を見抜いている。

「そうですね。もう少し考えて、答えを出そうと思います」

「うん」

 にこっと微笑んだ姉さんの横顔を見て、私は思った。

 姉さんは、人生経験が豊富そうな。ではなくて、人生経験が豊富。

 歩いて旅をしている中で、いろんな人生経験を積んできたに違いない。

 そういった人の言葉には、とても重みがある。
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