透き通る季節の中で
 重い話ばかりしていたら、気は滅入る一方。

 私は話題を変えることにした。

 せっかく温泉に入っているのだから。



「姉さんは、彼氏さんはいないんですか?」

「残念なことに、いないのよ。知ってのとおり、あたしは旅暮らしでしょ。出会いはあるんだけど、なかなかね」

「そうですか。姉さんは、このまま旅を続けるんですか?」

「うん。歩けなくなるまで続けようと思ってるんだ」

「ものすごい長旅になりそうですね」

「そうね。あたしの座右の銘、何だかわかる?」

「えっと……わかりません」

「人生は楽しむもの」

「人生は楽しむもの。ですか」

「うん。この歳で無職は恥ずかしいんだけど、あたしは自由に生きていくの。楽しくなければ人生じゃない。あたしの第二の座右の銘よ」

 まだ出会って間もないけど、姉さんはいつでも元気で明るい。

 そんな姉さんが、どんな人生を歩んできたのかはわからない。

 きっと、幾度となく辛いことを乗り越えてきたに違いない。

 私はそう思う。



 人生は、楽しむもの。

 楽しくなければ人生じゃない。



 辛い状況下の中で、人生を楽しむということは、容易にできることではない。

 それでも、人生を楽しまなければいけないのかもしれない。

 この世界で生きているのだから、この世界で楽しむ。

 自由に生きている姉さんのように。

 人生を楽しむためには、予定どおり、事を進める。

 私の決断は間違っていない。

 そう自分に言い聞かせるしかない。



「そろそろ上がろうか」

「はい。夕食は六時の予定です。いっぱい食べて、いっぱい飲んでくださいね」

「うん。遠慮なくご馳走になるね」

 私と姉さんは露天風呂から出た。

 脱衣所の時計を見たら、五時半を過ぎていた。

 露天風呂に入ったのが、三時半くらい。

 二時間くらい話していたことになる。

 こんなに話し込んだのは久しぶり。

 とても有意義な時間だった。
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