透き通る季節の中で
 部屋に戻って、ライダースーツを脱いだ。

 お風呂に入って体を洗った。

 ドライヤーで髪を乾かした。
 
 髪を綺麗に整えた。

 ナチュラルメイクを施した。

 普通のスーツに着替えた。

 

 新地のヘルメットを風呂敷に包み、落ち葉の入った缶のケースと奥日光で買ってきたお土産をバッグに入れて家を出た。

 駅前のスーパーでお花とお線香を買った。

 電車に乗って、新地のご両親の家に向かった。



 初めての訪問。

 大きく深呼吸をして、インターホンを押した。



「こんにちは。咲樹さんですか」
 新地のお母さんの声。聞いた回数は少ないけど、耳に残っている。

「こんにちは。咲樹です。どうもご無沙汰しております」
 落ち着いた声で挨拶をした。

 玄関の扉が開いた。

「お待ちしておりました。さあ、どうぞ、お上がりください」
 新地のお母さんは笑顔で招き入れてくれた。

 私はホッとして、靴を脱いで上がった。



 新地のお母さんに案内されて、客間に通された。

 建物自体は古いけど、とても住みやすそうな家。

 新地は、この家で生まれ育った。

 温かい家族に囲まれて育った。

 そう思うと、なんだか嬉しくなってくる。



「お父さん、咲樹さんがお見えになりましたよ」
 新地のお母さんの声は明るく聞こえる。

 お元気そうで安心した。

「すぐにお茶をお持ちしますね」

「はい」

 正座して待っていたところ、新地のお父さんが入ってきた。

 私は急いで立ち上がった。

「いらっしゃい」
 新地のお父さんも笑顔。とてもお元気そうに見える。

 また一段と安心した。

「こんにちは。どうもお邪魔しております」
 新地のお父さんに向かって頭を下げた。

「庭の手入れをしていてね」

「そうだったんですか。とても立派な家ですね」

「この家は、自分で建てたのさ」

「そうなんですか。さすが大工さんですね」

「うん。立ち話もなんですので、お座りください」

「はい」

 テーブルを挟んで向かい合って座った。

 心なしか、新地のお父さんは緊張しているように見える。

 もちろん、私も緊張している。



「お待たせしました」
 新地のお母さんが、お茶と漬物を運んできてくれた。

「この漬物は、新地が子供の頃によく食べていた漬物なんです。どうぞ召し上がってみてください」
 お母さんが笑顔で勧めてくれた。

「はい。ご馳走になります」
 じっくりと味わって食べてみた。

「とても辛いですね。舌がピリピリします」
 お茶で口を潤した。

 お父さんもお母さんも笑っている。

 そのおかげで、緊張がほぐれてきた。



「咲樹さんも、オートバイにお乗りになられているそうで」

「はい。新地さんに影響を受けて、オートバイに乗るようになりました。今朝も新地さんと一緒に海岸線を走ってきたんです」

「そうだったんですか。新地のために、ありがとうございます」

 お父さんもお母さんも、私に向かって頭を下げてくれた。
 
「それで、あの、今日は、とても大切なものを持ってきたんです」

 風呂敷に包んでおいた新地のヘルメット、奥日光のお土産をテーブルの上に置いた。

「このヘルメットは、新地さんのヘルメットなんです。受け取っていただけませんか」

「有り難く受け取らさせていただきます」
 お父さんが新地のヘルメットに触った。



「お手紙に書かれていたとおり。ということで、よろしいですね」

「はい。私の気持ちは変わっていません」

「わかりました。このヘルメットは、新地の仏壇に飾らせていただきます」

「どうもありがとうございます」
 お父さんとお母さんに向かって頭を下げた。

「私も妻も、咲樹さんの決断を嬉しく思っております」

「そう言っていただけると、とても助かります」

「この一年間は、さぞかしお辛かったことでしょう」

「辛くもあり、楽しくもありました。一年前の今頃は、まさかオートバイに乗るなんて思っていませんでしたので、とても貴重な経験になりました。新地さんとの思い出を胸に、明日から頑張っていこうと思っています」

「咲樹さんは、お強い方ですね。私どもも、咲樹さんのように前を向いて頑張っていこうと思います」
 お父さんは、引き締まった表情で言った。

 お母さんは、涙を堪えているように見える。

 場の空気を変えなければならない。



「新地さんのお部屋を見させてもらっていいですか」

「はい、どうぞ。私が案内しますね」
 
 お母さんが案内してくれた。

 新地の部屋は、二階の角部屋。

 もちろん、入るのは初めて。



「当時のままにしてあります」

「そうですか」

「私は一階にいますので」

「はい」

 お母さんにお辞儀をして、新地の部屋に入った。



 壁の至るところに、オートバイのポスターが貼られている。

 オートバイのプラモデルもたくさん置かれている。

 工具も部品もいっぱいある。

 大きな棚には、クリントイーストウッドのDVDがたくさん並べられている。

 もしかしたら、全作品を持っているのかもしれない。

 他の映画のDVDもいっぱいある。

 机には、私の写真が飾られている。

 新地と私のツーショット写真も。

 

 生活感のある部屋を見回してから、新地のベッドに横になって目を閉じた。

 優しい匂いがする。

 新地の匂い。

 とても懐かしい匂い。

 新地はまだ生きているのではないだろうか。

 そんな錯覚に陥ってくる。

 

 このまま眠ってみたいけど、あまり待たせてはいけないと思い、客間に戻った。



 お父さんは、美味しそうに漬物を食べている。

 お母さんは、新地のヘルメットを見つめている。

 私は、新地のヘルメットを見つめながら、お漬物を食べた。

 何回食べても辛い。

 お茶で喉を潤した。



「お願いしたいことがあるんですが」

「はい、何でしょうか」

「この缶は、新地さんへのプレゼントなんです。お墓にお供えしようと思っているんですが、しばらく置かせてもらっていいですか」

「もちろんです」

「ありがとうございます」

「その缶の中には、何が入っているんですか?」
 お母さんが私に尋ねてきた。

「落ち葉です」
 私は明るい声で答えた。

「新地は、落ち葉が好きでしたからね」
 お母さんはにっこりと微笑んだ。

「それでは、新地さんのお墓参りに行かせていただきます」

「私どもは、後ほど行きますので、ゆっくりお参りしてください」

「はい。それでは行ってきます」

 お父さんとお母さんに見送られ、新地のお墓に向かった。

 どうか長生きしてください。と思いながら。
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