透き通る季節の中で
 家に帰り、ライダースーツに着替えた。

 CBRに乗って、購入先のオートバイショップに向かった。

 購入時と同じ店員さんに、無償で引き取ってください。と言ったら、適正価格で買い取らせてください。と言われた。



 もう、十分すぎるほど走った。

 これからまた自分の足で走る。

 前々から決めていたこと。



 無償で引き取ってください。今度は強く言ってみた。

 まだ新しいのに、どうしてなんですか? と聞かれた。

 理由を話してみた。

 あなたのCBRは、また誰かが乗り、これからも走り続けますよ。と笑顔で言ってくれた。

 私には、嬉しい言葉だった。

 

 



 家に帰り、ライダースーツを脱いだ。

 ヘルメット、グローブ、ブーツと一緒にクローゼットに仕舞った。

 これで全てが終わった。

 新地との思い出は、過去になった。



 一気に肩の力が抜けた。

 ものすごい脱力感に襲われてきた。

 体が全く動かない。

 溜めに溜め込んだ、一年間の涙。

 とめどなく溢れ出してくる。

 





 死んだように眠り、朝を迎えた。

 顔を洗って、朝食を食べた。

 ジョギングウェアに着替えて、ランニングシューズを履いた。

 入念にストレッチをした。

 約一年ぶりに、近所の周りを走ってみた。

 だいぶ足腰が衰えている。

 肺活量も落ちている。

 以前のように走れない。

 それでも、楽しい。

 
 
 私は、これからも走り続ける。

 前を向いて走り続ける。

 いつか、三時間の壁を越えてみせる。

 

 姉さんとちゃとらんは、どの辺りを歩いているのかな。

 私の旅も終わらない。

 まだまだ始まったばかり。

 そう思わなければ、私は生きていけない。



 どこまでも広がっている青空を見上げながら、透き通る空気の中を走り続けた。
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