透き通る季節の中で
 同僚にも友達にも春子さんにも内緒で、円城さんの自宅を訪れた。

 思いの外、普通の家。古い平屋建ての一軒家。広い庭には、多種多様な植物が植えられれている。

 その外観からは、霊媒師が暮らしているとは思えない。

 私のイメージが強すぎるのか、もっと奇抜な家かと思っていたから。

 いったいどんな人なのだろう。緊張しながら、玄関のチャイムを押した。

 数十秒後、扉が開いた。

 円城さんと思われる女性が顔を覗かせている。

 見た感じ、ごく普通のおばあさん。白髪の綺麗な髪。七十八歳とは思えないほど、若々しく見える。



「あなたが、佐藤さんですね」
 とても優しい声。表情も優しく見える。

「はい。そうです」
 私は緊張したまま、返事をした。

「どうぞ、お上がりください」

「はい。お邪魔させていただきます」

 円城さんに案内されて、リビングに通された。室内も、ごく普通。照明は明るく、壁紙は綺麗。テレビもステレオもある。不気味さは全く感じられない。

「そちらのソファーにお座りください」

「はい」

 円城さんと私は向かい合って座った。

 本当に霊能力があるのだろうか、明るいところで見ても、ごく普通のおばあさん。



「知人から、佐藤さんのお話は伺っております」

「あ、そうですか」

「それでは、さっそく見させていただきます」

「はい。よろしくお願いします」

「右手の手の平を広げてください」

「はい」
 
 円城さんは、私の右手を握り締めて、静かに目を閉じた。 

 とても真剣な表情。目を閉じたまま、全く動かない。

 まるでヒアアフターのマットデイモンのように。

 いったいどんなことを言われるのか、私の緊張は最高潮。



「わかりました」
 円城さんは、私の右手を離し、静かに目を開いた。

「何がわかったんですか?」
 さっそく質問してみた。

「佐藤さんに憑依している霊です」
 とても落ち着いた声。表情は真剣そのもの。

「憑依ですか……」
 突然のことに、私は動揺してしまった。

「佐藤さんが驚くのは当然だと思います。どうか落ち着いて、私の話を聞いてください」

「は、はい……」

「それでは、話します」

 円城さんが、私に依り憑いているという霊のことを話してくれた。

 霊の正体は、明治時代に亡くなった若い女性。

 私の右手を握った瞬間、その女性の過去が見えたという。

 何度も失恋を繰り返し、愛に恵まれないまま、崖から身を投げて、自ら人生に幕を下ろしたとのこと。

 とても信じられる話ではない。

 というより、信じたくない話。

 どうして明治時代の女性の霊が私に依り憑いているのか、さっぱり訳がわからない。



「何か思い当たる節はありませんか?」

「えっと……」

 目を閉じて、過去の記憶を掘り起こしてみた。

 十六歳の途中までは、ごくごく普通の人生を歩んできた。

 心霊スポットには行ったことがないし、高い崖の上に立ったこともない。

 いくら記憶を掘り起こしても、思い当たる節は出てこない。



「あの、疑うわけではないんですが」

「みなさん、そうおっしゃられます。私の話を信じなさい。とは言いません」

「その女性と交信できませんか?」

「以前はできたのですが、年老いてから能力が衰えまして……」

 円城さんは、ウソをつくような人には見えない。

 ずっと真摯な態度で接してくれている。

 映画の世界とはいえ、ヒアアフターのマットデイモンは、自分の能力に苦悩していた。

 円城さんも、自分の能力に苦悩しているのかもしれない。


 だから、無償で見ているのだと私は思う。

 見てもらえただけで有難い。

「お力になれませんで……」

「いえいえ、十分です。お祓いしてもらったほうがいいでしょうか?」

「それも一つの手です。お祓いに長けた神社を紹介しますね」

 円城さんが、神社の名前と場所を教えてくれた。

 お礼を言って、円城さんの自宅を後にした。

 結局、明確な答えは見つからなかった。



 春子さんが言ってくれたとおり、私は運が悪いだけなのか。気にしなくても大丈夫なのか。
 
 二度あることは三度ない。

 そう思ったほうが、気が楽になる。
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