透き通る季節の中で
 二月四日、月曜日。

 仕事帰りに花束を持って、春子さんのメンタルクリニックを訪れた。

 四階建てのビルの一室。

 営業時間は、八時まで。

 受付のカウンターには、一人の若い女性スタッフが立っている。

 清潔感が溢れる待合室には、まだ患者さんがいらっしゃる。

 春子さんは、診察中。

 カウンセリングを受けに来たわけではないけど、私も待合室で待たせてもらった。



 八時過ぎに診察終了。

 一人の患者さんと白衣姿の春子さんが診察室から出てきた。

「あまり思い詰めないようにしてくださいね」
 春子さんが患者さんに優しく声を掛けた。

「はい」
 患者さんは会釈をして、扉から出て行った。

 私は待合室の長椅子から立ち上がった。

「おめでとうございます」
 さっそく春子さんに花束を手渡した。

「ありがとう」
 春子さんは笑顔で受け取ってくれた。とても生き生きとした表情をしている。

「お元気そうですね」

「うん。咲樹ちゃんもね。診察室に入ってみる?」

「はい」

 そんなに広くはないけど、診察室も清潔感に溢れている。

 春子さんの新たな職場。

 心理カウンセラーとしての第一歩。

 自分のことのように嬉しい。

 誰よりも喜んでいるのは、正行さんだと思う。



「初日から順調のようですね」

「うん。おかげ様でね」

 マイナスからのスタート。

 私の知らない苦労があったと思う。

 旦那様との死別という逆境を跳ね除けての開業。

 春子さんは、本当にすごい女性だと思う。



「日菜子ちゃんと寛太くんも、お元気ですか」

「うん。二人とも元気よ」

 春子さんが、日菜子ちゃんと寛太くんの近況を話してくれた。

 いつの間にか、二人とも高校生。

 日菜子ちゃんは、お料理研究部に入っていて、毎日、美味しい夕食を作ってくれるという。得意な料理は、ハンバーグとシチューとグラタン。

 寛太くんは、野球部員。ポジションは、ピッチャー。野球の名門校ではないけれど、甲子園出場を目指しているという。毎日、泥だらけで帰ってくるとのこと。



 春子さん

 日菜子ちゃん

 寛太くん

 これからも、家族三人で支え合って生きていくと思う。
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