透き通る季節の中で
二月十四日、バレンタインデーの夜、家のチャイムが鳴った。
時刻は、十時二十八分。
こんな遅くに誰だろうと思いながら、ドアを開けてみたら、姉さんが立っていた。
ちゃとらんは、姉さんの横にちょこんと座っている。
アポなしの訪問に、私は驚くばかり。
姉さんもちゃとらんも元気そうに見える。
「突然押しかけて、ごめんね」
「いえいえ、いいんです。姉さんとちゃとらんと再会できて嬉しいです」
「あたしも嬉しいよ」
「にゃあ、にゃあ、にゃあ」
「ちゃとらんも嬉しいんだって」
「あはは。さあ、どうぞ、上がってください」
「うん。お邪魔させてもらうね」
「にゃあ」
姉さんとちゃとらんが私の部屋に上がった。
二人とも遠慮なく寛いでいる。
姉さんが静岡で買ったという鰻パイのお土産を手渡してくれた。
私はホットコーヒー。姉さんは日本酒。ちゃとらんは牛乳。
寂しい夜だったので、姉さんとちゃとらんの訪問は、とても嬉しい。
「結構いい部屋だね。このマンションで暮らして何年になるの?」
「えっと、十年くらいになります」
「そんなに暮らしてるんだ」
「はい」
「映画のDVDがいっぱいあるね。明日にでも、売りに行こうか」
「にゃあ」
「やめてください」
「冗談だよ。一週間くらい泊まってもいい?」
「え、あ、はい。狭いところですが」
「ありがとう。食費は自分たちで稼ぐからさ」
「はい。さっそくですが、旅の話を聞かせてもらえませんか」
「いいよ」
姉さんは日本酒を飲みながら、旅の話をしてくれた。
ちゃとらんも旅の話をしてくれているのだろうか、ずっと鳴き続けている。
姉さんとちゃとらんは、歩いて旅をしているだけあって、日本全国に友達がいるらしい。
路上ライブの稼ぎが悪かった日は、友達の家に泊まらせてもらっているという。
それか、テントで寝泊り。
並外れた行動力の持ち主。私は改めて思う。
「今夜は、この辺でお開きにしようか」
「はい。布団を敷きますね」
姉さんはお風呂には入らず、ちゃとらんと一緒に布団に横になった。
路上ライブをしている夢でも見ているのだろうか、姉さんは眠りながら歌っている。ちゃとらんも眠りながら鳴いている。
良くも悪くも、大人のようで子供のような姉さん。
不思議で魅力的な女性だなって思う。
この日から、姉さんとちゃとらんとの共同生活が始まった。
私は会社に行って働いて、姉さんとちゃとらんは路上ライブ。
稼いだお金でお酒とおつまみを買ってきてくれる。
お世話になってるから。と言って、部屋の掃除をしてくれる。料理も手伝ってくれる。
旅の話をしてくれる。歌を歌ってくれる。私の話を聞いてくれる。
疲れを知らないのだろうか、姉さんとちゃとらんは、毎晩どんちゃん騒ぎ。
そのおかげで寝不足だけど、楽しい毎日を送らせてもらっている。
姉さんとちゃとらんは、自由人と自由猫だけど、多くの人に元気を与えているのかもしれない。
私は未だに自分のことだけで精一杯。
死別の悲しみは乗り越えられたと思うけど、本来の元気は取り戻せていない。
もっと明るく元気になりたい。
図太い神経になりたい。
良い意味で、姉さんのような人になれたらいいなって思う。
出来ることなら、ずっと一緒に暮らしたい。でも、そういうわけにはいかない。
姉さんとちゃとらんは、旅人と旅猫だから。誰にも引き止められない。
残念だけど、またしばらくお別れ。
「これから、どこに行くんですか?」
「まなちゃん家に行こうかと思ってるんだ」
「まなちゃんさんですか」
「うん。あたしのいちばんの親友ね。男はつらいよ。に出てくる、さくらさんのような存在なんだ」
「へえ、そんな女性がいるんですか」
「うん。じゃあ、また来るからね」
「はい。楽しみにしています」
「にゃあ」
「ちゃとらん、ばいばい。またね」
寒空の下、姉さんとちゃとらんは、歌いながら歩き始めた。
一度も振り返ることはなく、前を向いて歩き続けている。
今度はいつ来てくれるのだろうか、全く予測がつかない。
予測がつかないから、楽しみなのかもしれない。
この混沌とした世の中、未来も予測がつかない。
自分の未来も予測がつかない。
五年後、十年後、私は何をしているのだろう。
姉さんとちゃとらんのおかげで、寅さんに興味が湧いてきた。
私が生まれる以前の映画。
男はつらいよ。は、一度も観たことがない。
会社帰りに、シリーズ第一作目を借りて、お酒を飲みながら観た。
想像以上に楽しめた。
ひろしさんとさくらさんの結婚式の場面で涙した。
寅さんの魅力がわかった気がする。
シリーズ全四十八作+特別編。
全部、観てみようと思う。
ささやかだけど、楽しみが増えた。
時刻は、十時二十八分。
こんな遅くに誰だろうと思いながら、ドアを開けてみたら、姉さんが立っていた。
ちゃとらんは、姉さんの横にちょこんと座っている。
アポなしの訪問に、私は驚くばかり。
姉さんもちゃとらんも元気そうに見える。
「突然押しかけて、ごめんね」
「いえいえ、いいんです。姉さんとちゃとらんと再会できて嬉しいです」
「あたしも嬉しいよ」
「にゃあ、にゃあ、にゃあ」
「ちゃとらんも嬉しいんだって」
「あはは。さあ、どうぞ、上がってください」
「うん。お邪魔させてもらうね」
「にゃあ」
姉さんとちゃとらんが私の部屋に上がった。
二人とも遠慮なく寛いでいる。
姉さんが静岡で買ったという鰻パイのお土産を手渡してくれた。
私はホットコーヒー。姉さんは日本酒。ちゃとらんは牛乳。
寂しい夜だったので、姉さんとちゃとらんの訪問は、とても嬉しい。
「結構いい部屋だね。このマンションで暮らして何年になるの?」
「えっと、十年くらいになります」
「そんなに暮らしてるんだ」
「はい」
「映画のDVDがいっぱいあるね。明日にでも、売りに行こうか」
「にゃあ」
「やめてください」
「冗談だよ。一週間くらい泊まってもいい?」
「え、あ、はい。狭いところですが」
「ありがとう。食費は自分たちで稼ぐからさ」
「はい。さっそくですが、旅の話を聞かせてもらえませんか」
「いいよ」
姉さんは日本酒を飲みながら、旅の話をしてくれた。
ちゃとらんも旅の話をしてくれているのだろうか、ずっと鳴き続けている。
姉さんとちゃとらんは、歩いて旅をしているだけあって、日本全国に友達がいるらしい。
路上ライブの稼ぎが悪かった日は、友達の家に泊まらせてもらっているという。
それか、テントで寝泊り。
並外れた行動力の持ち主。私は改めて思う。
「今夜は、この辺でお開きにしようか」
「はい。布団を敷きますね」
姉さんはお風呂には入らず、ちゃとらんと一緒に布団に横になった。
路上ライブをしている夢でも見ているのだろうか、姉さんは眠りながら歌っている。ちゃとらんも眠りながら鳴いている。
良くも悪くも、大人のようで子供のような姉さん。
不思議で魅力的な女性だなって思う。
この日から、姉さんとちゃとらんとの共同生活が始まった。
私は会社に行って働いて、姉さんとちゃとらんは路上ライブ。
稼いだお金でお酒とおつまみを買ってきてくれる。
お世話になってるから。と言って、部屋の掃除をしてくれる。料理も手伝ってくれる。
旅の話をしてくれる。歌を歌ってくれる。私の話を聞いてくれる。
疲れを知らないのだろうか、姉さんとちゃとらんは、毎晩どんちゃん騒ぎ。
そのおかげで寝不足だけど、楽しい毎日を送らせてもらっている。
姉さんとちゃとらんは、自由人と自由猫だけど、多くの人に元気を与えているのかもしれない。
私は未だに自分のことだけで精一杯。
死別の悲しみは乗り越えられたと思うけど、本来の元気は取り戻せていない。
もっと明るく元気になりたい。
図太い神経になりたい。
良い意味で、姉さんのような人になれたらいいなって思う。
出来ることなら、ずっと一緒に暮らしたい。でも、そういうわけにはいかない。
姉さんとちゃとらんは、旅人と旅猫だから。誰にも引き止められない。
残念だけど、またしばらくお別れ。
「これから、どこに行くんですか?」
「まなちゃん家に行こうかと思ってるんだ」
「まなちゃんさんですか」
「うん。あたしのいちばんの親友ね。男はつらいよ。に出てくる、さくらさんのような存在なんだ」
「へえ、そんな女性がいるんですか」
「うん。じゃあ、また来るからね」
「はい。楽しみにしています」
「にゃあ」
「ちゃとらん、ばいばい。またね」
寒空の下、姉さんとちゃとらんは、歌いながら歩き始めた。
一度も振り返ることはなく、前を向いて歩き続けている。
今度はいつ来てくれるのだろうか、全く予測がつかない。
予測がつかないから、楽しみなのかもしれない。
この混沌とした世の中、未来も予測がつかない。
自分の未来も予測がつかない。
五年後、十年後、私は何をしているのだろう。
姉さんとちゃとらんのおかげで、寅さんに興味が湧いてきた。
私が生まれる以前の映画。
男はつらいよ。は、一度も観たことがない。
会社帰りに、シリーズ第一作目を借りて、お酒を飲みながら観た。
想像以上に楽しめた。
ひろしさんとさくらさんの結婚式の場面で涙した。
寅さんの魅力がわかった気がする。
シリーズ全四十八作+特別編。
全部、観てみようと思う。
ささやかだけど、楽しみが増えた。