透き通る季節の中で
 今日も街歩き。

 朝の七時にカメラを持って家を出た。

 写真を撮りながら駅まで歩いていき、電車に乗った。

 見知らぬ駅で降りてみた。

 住宅街を歩いていたとき、小さな駄菓子屋さんを見つけた。

 昭和の雰囲気が漂うレトロな造り。

 庇の上に『空の下の笑顔の駄菓子屋』と書かれた看板がある。

 平成生まれの私にとって、未知の領域。

 駄菓子屋さんに入るのは初めて。ちょっとドキドキする。



「こんにちは。いらっしゃい」
 店員さんらしき女性が笑顔で私に挨拶してくれた。

 小麦色の麦わら帽子を被っていて、オレンジ色のエプロンを身にまとっている。

 見た感じ、私と同い年くらい。

「こんにちは。お邪魔します」
 店員さんに挨拶をして、店内に足を踏み入れた。

 内装もレトロな感じ。

 いろんな種類の駄菓子やおもちゃや文具類が所狭しと並べられている。

 壁には、空の写真がたくさん飾られている。

 夕焼け空の写真が多い。

 どの写真も実に見事。



「真奈美、お客さんが来たよ」

「何人来たの?」

「一人だよ」

「一人なら、お姉ちゃんが接客すればいいじゃん」

「そういう問題じゃないって、いつも言ってるでしょ」

「今、忙しいんだよ」

「時代劇ばかり観てないで! ちゃんと店番しなさい!」

「今、いいところなんだよう」

「いい加減にしないと怒るわよ!」

「もう怒ってるじゃん」

「早く店に出てきなさい!」

「お願いだから、もうちょっと待っててよ」

「真奈美! 早くしなさい!」

「わかったよう」

 二人は姉妹なのだろうか、急な喧嘩に私は戸惑うばかり。

 どうしていいのかわからず、お店の中で佇んでいると、奥の部屋から妹さんと思われる女性が出てきた。



「大変、失礼致しました」
 お姉さんと思われる店員さんが、私に向かって頭を下げた。

「ほら、真奈美も謝りなさい」

「ごめんなさいでした」
 妹さんと思われる店員さんも、私に向かって頭を下げた。

「気にしないでください」
 私はにっこりと微笑んだ。

「そう言っていただけると、とても助かります」
 お姉さんと思われる店員さんは笑顔になった。

「狭い駄菓子屋ですが、ごゆっくりとどうぞ」
 妹さんと思われる店員さんも笑顔になった。

 なんとなく、顔が似ているように見える。

 どうやら、二人は姉妹のよう。

「狭いなんて、いちいち言わなくていいのよ」

「だって、狭いじゃん」

「私たちの駄菓子屋は、狭いのも売りなのよ」

「そんなの売りにならないよ」

 また姉妹喧嘩が始まってしまった。

 ここは私が止めなければならない。

「あの……」

「あ、はい。何でしょうか」

「お二人は、姉妹なんですか?」

「はい。そうです。私が姉でして、この馬鹿な子が妹なんです」

「馬鹿って言わないでよ」

 また姉妹喧嘩が始まってしまうのだろうか、私は戸惑うばかり。



「先ほどのお詫びとして、駄菓子釣り堀を無料でサービスさせていただきます」
 お姉さんが笑顔で言ってくれた。

 姉妹喧嘩は始まらず、私はホッとした。
 
「駄菓子釣り堀ですか」

「はい。この釣竿で駄菓子を釣ってみてください」
 お姉さんが、おもちゃのような釣竿を手渡してくれた。

 妹さんが、お店の奥から大きな桶を運んできた。

 魚のように泳いでいないけど、いろんな駄菓子が浮かんでいる。

「それでは、釣ってみます」

「はい、どうぞ」

 駄菓子釣り堀をやってみたら、チョコっと太郎とつぶつぶ太郎という駄菓子が釣れた。

 お姉さんも妹さんも笑顔で拍手を送ってくれている。

 仲が良いのか悪いのか、よくわからない姉妹。



「素敵な写真ばかりですね。お店の壁に飾られている写真は、店員さんが撮った写真なんですか?」

「これらの写真は、山下優太さんという人が撮った写真なんです」
 お姉さんが説明してくれた。

「そうなんですか。山下優太さんという方は、プロの写真家なんですか?」

「アマチュアカメラマンですよ」

「そうなんですか」

 アマチュアカメラマンなのに、これだけの写真が撮れるなんて。

 私でも頑張れば、良い写真が撮れるかもしれない。

 そう思うと、俄然撮る気が出てくる。

「お客さんも、写真がお好きなんですか?」
 お姉さんが笑顔で尋ねてきた。

「あ、はい。最近、写真を始めたんです」
 お姉さんと妹さんに、デジタル一眼レフカメラを見せてみた。

「すごいカメラですね」
 お姉さんと妹さんが声を揃えて言ってくれた。

「どこか景色の良いところはありませんか?」

「とっておきの場所がありますよ」
 お姉さんが、その場所の地図を書いてくれた。

 この駄菓子屋さんから、歩いて十分くらいのところに、とっても見晴らしの良い丘があるらしい。

 そのお礼というわけではないけど、駄菓子を二千円分、買ってあげた。

「また来てくださいね」
 お姉さんと妹さんが声を揃えて言ってくれた。

 本当に仲が良いのか悪いのか、よくわからない姉妹。

「はい。また来ます」
 お姉さんと妹さんにお辞儀をして、空の下の笑顔の駄菓子屋さんを後にした。



 つぶつぶ太郎! チョコっと太郎! ばんざーい!

 妹さんの叫び声が聞こえてくる。







 地図を見ながら住宅街を歩いていくと、小高い丘が見えてきた。

 緩やかな斜面を登っていき、丘の頂上に立った。

 お姉さんが言っていたとおり、とっても見晴らしが良い。

 空がよく見えて、遠くの山まで一望できる。

 さわやかな風がとっても心地よい。



 なだらかな斜面にぽつんと佇んでいる大きな樹の下に座り、ついさっき釣ったばかりの、チョコっと太郎とつぶつぶ太郎を食べてみた。

 どっちの駄菓子も、とても美味しい。

 また今度、買いに行こうと思う。



 こんにちは。

 すぐ後ろから、声が聞こえた。

 誰かいるのかと思い、立ち上がって、周りを見回してみた。誰もいなかった。

 不思議に思いながら、再び樹の下に座った。

 

 チョコっと太郎とつぶつぶ太郎を食べてたね。もしかして、空の下の笑顔の駄菓子屋に行ったのかい。あの姉妹って、本当に面白いよね。

 また声が聞こえた。さっきより長く、さっきの声と同じ声。

 すぐに立ち上がり、周りを見回してみた。誰もいなかった。







 不思議に思いながら、夕焼け空の写真を撮っていたところ、いつの間にか、一組の男女が樹の下に座っていた。

 二人とも、小麦色の麦わら帽子を被っていて、手に真っ白い紙飛行機を持っている。

 樹の下に座ったまま、仲良さげに談笑している。

「そろそろ飛ばそうか」

「うん」

 麦わら帽子姿の男女は立ち上がり、夕焼け空に向かって紙飛行機を飛ばした。

 どちらの紙飛行機も、五十メートルくらい飛んだだろうか、ものすごい飛距離だった。

 ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
 
 麦わら帽子姿の女性が、嬉しそうに鼻歌を歌っている。

 麦わら帽子姿の男性は、二機の紙飛行機を拾いに向かった。



「じゃあ、そろそろ戻ろうか」

「うん」

 麦わら帽子姿の男女は、一瞬で消えた。

 目の錯覚ではない。確かに消えた。

 消えた瞬間をこの目で見た。






 不思議に思いながら、丘を下って、空の下の笑顔の駄菓子屋さんに戻った。

 一人でお店番をしているお姉さんに、さっきの不思議な出来事を話してみた。

 全く驚いていない。当たり前かのような顔をしている。

 お姉さんは、麦わら帽子姿の男女のことを知っているという。

 男性が、山下優太さん。女性が、佐藤菓絵さん。

 山下優太さんは、五年ほど前にお亡くなりになり、佐藤菓絵さんは、四十年ほど前にお亡くなりになられたという。

 あの丘は、二人の思い出の地とのこと。

 このとき、私は確信した。

 天国は、本当にあるのかもしれないと。
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