イケメン富豪と華麗なる恋人契約
第二章 ファーストキス
「……どうぞ」


日向子はお茶を入れた湯呑をガラステーブルに置きながら、そっと男性の気配を窺った。

一見してビジネスマンとわかるスーツ姿だ。
だが、彼の着ているダークグレーのスーツは、父が着ていたような紳士服の量販店で購入できる廉価品にはとうてい見えない。きっと有名ブランドのオーダーメイドスーツだろう。
ワイシャツはライトグレー。父はいつも白しか着ていなかったので、日向子はスーツの下に着るのは白いワイシャツと思い込んでいた。
髪は一分の隙もないほど綺麗にセットされている。そして、地味に見える黒縁の眼鏡が、彼をこの上なく知性的に見せていた。


(三十代半ばから後半? 意外に若いかも)


事務所にある古い応接セットは、小野寺が友人からもらい受けたものだ。黒い革製のふたり掛け一脚とひとり掛けが二脚。
彼はそのふたり掛けのソファに座っていた。

ソファは深く腰かけるとお尻が沈み込み、座り心地が最低だった。それに気づいたのか、彼は浅く腰かけている。だがそのせいで、長い脚の置き場に困っている様子だった。


(軽く一八○センチはありそうだから、ちゃんとしたソファに座っても脚は余るよね)


居心地の悪そうな表情がどこか微笑ましく、日向子はクスッと笑った。

そんな彼の隣には、小柄で細身の中年男性がひとり。人のよさそうな笑みを振りまいていた。

そのふたりとガラステーブルを挟んで、小野寺が腰を下ろす。
お茶を出し終えた日向子が自分の席に戻ろうとしたとき、ふいに、黒縁眼鏡の男性に呼び止められた。


「あなたも――どうぞ、座ってください」

「あ、いえ、わたしは……」


客の話を聞くとき、日向子が同席することはなかった。
事務所はたった六坪のワンフロア。応接セットの置かれたスペースと、日向子の机の間には、壁はおろか衝立もない。聞くつもりはなくとも、自分の席にいても話の内容は筒抜けだった。
しかし、同席するのとはわけが違う。

日向子は困惑して小野寺の顔を見るが……。


「まあ、日向子くんも座りなさい」

「……はい」


小野寺に言われ、ひとつだけ空いているひとり掛けのソファに腰を下ろした。


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