イケメン富豪と華麗なる恋人契約
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日向子の勤め先は、『小野寺(おのでら)司法書士・行政書士事務所』――江東区にある古い三階建てビルの二階にある。

姉弟三人で住んでいるアパートからは、電車で三駅の距離。駅までの時間を入れても二十分程度で通勤できるのだから、その点は恵まれている。

事務所の入っているビルはエレベーターなどもちろんなく、鉄筋の外階段はちょっと触れると錆がポロポロ落ちてくる。事務所の存在を示す看板もなく、事務所のドアにネームプレートが取り付けられているだけだった。

日向子はこのビルの昭和的なレトロさを気に入っているが……。多くの人は、古くて汚い、と評価するかもしれない。

そして日向子の雇い人が、事務所の所長である小野寺修蔵(しゅうぞう)。来年には還暦になる小野寺だが、彼は司法書士と行政書士の両方の資格を持っていた。

最初にそのことを聞いたとき、日向子は小野寺を、ふたつの士業を兼任する優秀ですごい人だと思った。だが、こうして働かせてもらうようになって五年近くが過ぎ、人はいいんだけど最初に思ったほどすごくはないかも、という感想に変わってきている。

六年前、日向子は大学進学をあきらめ、働き始めた。だが、急なことだったので、アルバイトを掛け持ちする以外になく、その間に就職活動をして、きちんとした就職先を決めればいい、と思っていた。

ところが、面接の担当者は両親のことを知ると同情してくれたが、身内に保証人がいないとわかると、どこも採用してくれない。

ようやく就職できたとき、火事から一年も経っていた。
そこは家族経営の小さな木材加工会社だった。従業員のほとんどが工場の作業員で、彼女は事務員として働くことになる。しかし、その会社をたった三ヶ月で辞めることになってしまう。

原因は社長のセクハラだった。

日向子は平均より少し背が高いが、他はだいたい平均的なスタイルをしている。顔は、亡くなった父はアイドルになれるくらい美人と言ってくれたが、現実は十人並みだろう。髪型は高校時代からほとんど変わらない、肩より少し下のミディアム。
巨乳ではないし、セクシーとも言いがたい。だが、高校時代に付き合った彼氏からは、『日向子は癒やし系で一緒にいるとホッとする』と言われたことがあった。

きっと、笑顔を絶やさずにいることを心がけているせいもあるだろう。あるいは、困っている人には手を差し伸べたり、人の気持ちに敏感で気を遣ったりしているからかもしれない。

だがそれは、よく思われることばかりではなかった。


『でも、日向子が癒やしたいのは、俺だけじゃないんだよなぁ。おまえってさ、何人もの男にモテたいように見える』


ホッとすると言いつつ、彼氏からは交際二ヶ月で別れようと言われた。


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