イケメン富豪と華麗なる恋人契約
(まあね。いろいろ言ってたけど、本音が別にあることくらい、わたしにだってわかるわよ)


ようするに、日向子がいつまで経ってもキスすら許そうとしないから、別れを切り出したに違いなかった。
癒やし系と言いつつ、ボンヤリしている日向子なら、簡単にキスやエッチを許してくれそう、と同じ学年の男子の間で話題になっていたという。

木材加工会社の社長は、まさに高校生男子と同じ程度の想像をして、彼女を採用したらしい。入社直後からたびたび『採用してやったんだから』と言われ、個人的な交際を迫られた。

社長はもちろん既婚者だ。亡くなった父より年上で、彼女より年長の子供までおり、個人的な交際など論外だろう。
力尽くで迫られたとき、日向子は全力で拒否した。そんな彼女を嘲笑うように、社長は言い放った。


『嫌ならクビだ。給料も払ってやらんからな。おまえのような小娘がどんなに騒いでも無駄だ。おまえを雇ったのはどうしてだと思う? 文句を言ってくる親がいないからだ』


悔しくて、火事のときに世話になった内田に相談に行ったが……。このときは何度行っても不在と言われ、会ってもらうことすらできなかった。

その間に会社は解雇され、会社に迷惑をかけたから、と言われて本当に給料も支払ってもらえず……。このまま泣き寝入りするしかないのだろうか、と思っていたとき、父の知り合いという小野寺が日向子を訪ねてきたのだった。


『三輪くんが……君たちのお父さんが司法書士の勉強をしているころ、私の下で働いてもらってたんだ。久しぶりに東京に戻ってきて……驚いたよ。こんなくたびれたおじさんだが、なにか困ったことがあれば、できる限り力になるから』


そのときの小野寺は、一応、きちんとしたダークスーツを着ていた。だが、生地はすり切れていて、ずいぶんと古い。それに、ワイシャツの襟も汚れたままだった。まさに『くたびれたおじさん』という言葉がピッタリくる風貌だった。

その見た目だけでなく、初めて会った人にいろいろ話していいのかどうか、日向子は少しだけ迷った。
だが、人の善意は信じたほうが幸せになれる、という母の言葉を思い出し、思いきって相談したのだ。


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