石川くんにお願い!
声をかけてきたのは大ちゃんの友達。グループで遊ぶ時は必ずいた……私も何回も話したことある。
だけど、あくまで大ちゃんありきだ。
元彼の友達に声をかけられるなんて、複雑…
「えっと…何か用??」
恐る恐る聞いたら隣に座った彼は屈託の無い笑顔を私に向けた。
「…ちょっと同じサークルの女子に聞いてほしいって言われたんだけど、質問いいかな?」
「え、あ、はい…」
「石川と付き合ってる噂ってほんと?」
思わず持っていたスプーンを落としそうになる。
「…ま、まさか!」
「すごく噂になってるよ。大もケーキ屋で会ったって言ってたし…」
「…いやあのそれは…」
ケーキを食べに行った経緯をなんて話そうか考えたけど、うまい言葉が見つからない。
そりゃあ確かにここの所良く一緒にいたけど、それは私のお願いを聞いてもらってるからだ。
その”お願い”は口には出せないが。
とにかく理由は言わずに付き合ってるっていうことを否定しないと師匠に失礼じゃないか。
大学一の有名人だもん。噂にならない方がおかしいよね!!私の馬鹿!
「朝にジュースもらってたらしいし、さっきまで一緒にご飯食べてたよね。」
「…うん。まぁそんなんだけど、それは」
「広大やめとけってー!大が不機嫌になってるぞー!!」
彼との会話にしどろもどろしていると、”大”という名前が違う方向から飛んできたので肩が震えた。
恐る恐るそちらを向くと、数人の男友達と一緒にいる大ちゃんの姿。
うわぁ…全然気付かなかった。後ろとか死角だよ…。前は大ちゃんがどこにいても見つけられる自信あったのにな…。
気まずい空気が流れる中
「俺にふるな」
と大ちゃんは冷たく横の友達をあしらっている。
そうだよ…別れてからロクに口もきいてないというのに、巻き込み事故するな!
心の中で叫んで彼等から目をそらした。だけど彼…広大くんの質問は止まらない。
「石川に彼女ができたってみんな発狂してるよ。どういう経緯でそうなったのか聞けってパシられてるんだけど、聞いちゃダメな感じ?」
「…いや…あのね」
「石川うまいからだろー!!!」
またしても私と広大くんの会話に入ってくるおちゃらけ男。
なんてこと言うんだ!あいつ!
と睨みつけようと思ったけど、そっちには大ちゃんがいると思い直した。
「…顔とテクニックで負けたか?な?大」
顔とテクニックで負けたのは私だよ!
と自虐的なことを思いながら暴走している男を見てしまう。
すると大ちゃんがハッと鼻で笑って
「石川でも無理だろ。お前…極度の不感症だもんな。」
と馬鹿にしたような言い方で言葉を発した。
「え!?まじ!?」
「まじだよ。すぐ萎える。」
これが…
これが私の元彼か。
あんなに優しかったのに…いまでは私の心をえぐるように傷付けている。
「おい…やめろよ。」
目の前の広大くんが私の顔を見て、庇ってくれた。だけど大ちゃんの口は更に続ける。
「石川がうまくても無理だよな。お前が一番良くわかってんだろ?すぐにあきて捨てられるっての。自分のテクニックがどこまで通用するのか知りたいだけじゃね?」
どうして…どうしてここまで言われなきゃいけないんだ。
確かに石川くんに触れられるのも怖かった。だけど…大ちゃんにそんなこと関係ないじゃない。
「…あ、朱里ちゃん…俺こんなことになると思わなくて…。大のやつ男のプライド傷付いてんだよ!石川相手に勝負しても無駄だってのに…その」
「いいの。」
必死でフォローしてくれる広大くんに笑顔を向ける私。
「気にしてないよ…だって全部ほんとのことだもん。」
「あ、…その」
「あーもう!やだやだ!内緒にしてたのに、バラされちゃった!大学で恋できなくなったらどうしよう。」
タハハと笑った私の心はすでに限界。だけど、この方法しかこの場を逃れる術が見つからなかった。
華奈はこんな時どうするかな?ポロポロ泣いて可愛いんだろうな…。
つーちゃんなら…ふざけんなって罵声を浴びさせるのかな。
だけどどっちも真似できない…。私は喧嘩をしないで丸く収まる方がいいや…。
「ちなみに石川くんとは付き合ってない!!こんな女を相手にしてくれるわけないじゃん!漁船で取れる女だもん!」
笑いながら冗談を入れると、大ちゃんは不機嫌そうに
「行こうぜ」
と立ち上がり去っていった。
…やっぱり何も言ってくれないんだね。
そんなことを心の片隅でふと思ってしまう。
愛が冷めるってこういうことか。できたら大ちゃんとは、楽しい思い出を多く残しときたかったのに…。儚い夢だったかな。
「朱里ちゃんごめんね!ほんとにごめんね!」
両手を合わせて必死に謝ってくれた広大くんに、ピースサインをしておく。ずっと申し訳なさそうな彼は、大ちゃんたちの背中を追いかけた。
へんなの……まだ周りに人がいるのに……
たった一人取り残されたみたい。