石川くんにお願い!




「……」

「………」

「……だめだ。」


時計の針が進む音と、カリカリと響くシャーペンの音。しばらく静かに聴いていたけれど、ついに我慢できなくなって呟いた。


「なにがダメなの?教授の話はいつもと同じでつまらないけど、耐えられない?」

「違うよ…石川くんの体調が気になりすぎて集中できないの。」


私の言葉を聞くとつーちゃんはペラリとノートをめくり

「…朱里は石川くんのお母さんか何か?」

なんて言ってくる。


相変わらず冷めてる……。まぁそれはいつものことだからいいんだけど、やっぱり師匠の体調の方が気になって仕方ない。


思い出すのは朝の虚ろな目、そして熱い頬に元気がなさそうな整った顔。石川くんがあんな風になるなんて、心配過ぎる。



ガサガサと鞄の中からある紙を取り出した。それは以前もらった彼の予定。


石川くんの講義は…これか。これ終わったら覗きに行ってみよう。


長ったらしい教授の話を半分に聞いて、ソワソワと時間が来るのを待つ。



終わりの合図と共に、乱暴に机の上のものをカバンにしまって


「つーちゃん!私行ってくる!」


と慌てて走り出した。


「ほんと騒がしい…」


ため息交じりの彼女の言葉に苦笑いして、そのまま石川くんがいるであろう教室へ。



…結構距離がある場所だから間に合わないかも。


走ったにも関わらず時間がかかり過ぎたのか、目的の場所に着いた頃にはもう数えられるくらいしか人がいなかった。


「…石川くん…帰ったかな…」


帰ってくれてるなら安心だけど、姿も見えない。もしかしたら…って


「ああ!!」


廊下でふと窓の外を見ると探していた人物の姿。しかし1人じゃない。隣に女の子がいる!!!


あんぐりと口を開けて彼等が歩いていく方向をしっかり見届けた。私は石川くんの穴場を把握している…あれは穴場ルート3だ!!



「…師匠ってばなに考えてんの!」


2人を追いかける為ダッと走り出して、外へ出た。しかしもう既に姿は見えないので、穴場3にそのまま向かう。



女の子といるときは後をつけない約束をした。だけど、それは師匠の体調が万全な時だけでしょ。熱があるのに何するつもりなんだか!


今回のことは石川くんを思ってのことなので、大目に見てもらおうとひたすら走る。



息がきれて、汗がで始めた頃
思ったところに2人はいた。


「翔平…なんだか色っぽい」

「ん…そうかな…っ…」

「いつもの乱暴な感じがないけど…これはこれで新鮮。」


ここから見ていても石川くんに明らかに元気がない。いつもは絶対優位に立ってるのに、今日はされるがままだ。


女の子はそんなこと御構い無しに彼に唇を重ねていた。


「…熱い…翔平風邪?」


離れた彼女がそう質問したけれど、石川くんから返事はない。息が荒く赤い顔をしてボーッとしているのだ。



「…まぁ汗かけば治るか」


女の子はそんな勝手なことを言うとご機嫌に彼のベルトに手をかけた。



「こらぁあああああ!!!」


私はついに耐えきれなくなりそう叫ぶ。


「え、え!?なに!?」


キョロキョロと挙動不審になったのを合図に、近付いて2人の間に入り込んだ。


…うわ…すごい胸元あけてる!病人相手にどこまでやる気満々なの!この人は!!


ついつい怒り任せにキッと睨みつけると


「なんなの…」


と彼女は顔を歪める。


「…あれ…朱里?」

…石川くんの力ない声。大丈夫…師匠は弟子である私が守る!!


「汗かけば治るなんて、そんなR18指定の漫画展開はいりません!!終わった後、汗びっしょりで着替えもない。そんな状態で風にさらされて悪化したらどうするんですか!」

「はぁ?なんなのあんた!」


怖い顔で睨み返されてしまったが、こんなことで引き下がるわけにはいかなかった。大丈夫…いま私は正論しか言ってない。



「部屋ならまだしもここは外ですよ!?体力尽きて石川くんがぶっ倒れたら責任取れるんですか!?」

「…な、なんなの」

「今日のところは抑えて、その胸隠してさっさとおかえりくださいっ!!!」



私の言葉を聞いて、彼女は顔を引きつらせた。頭のおかしい子が来たと言いたげだ。



「なんなの…あんた」

「石川くんの弟子です!」

「はあ!?」


ハァハァと石川くんから漏れる吐息。背中越しでも熱いのがわかるなんて相当だと思う。


「……石川くん?大丈夫?辛い?」

「………っ…」


ポケットからハンカチを取り出して汗を拭う私を見て、黙り込んでいた女の人はついに

「もう!意味わかんない」


と怒りながら大きな胸を揺らして走り去って行った。


…外で病人としようだなんて…すごい肉食系女子がいたものだ。


あっかんべーと舌を出すと熱い手が私の頬に添えられる。



「…なにしてるの…っ…朱里」

「なにしてるの?じゃないよ!こんな時こそ断らないと!されるがままの石川くんなんてらしくない!!」


私もお返しに両手で彼の頬を包み込むと、朝とは比べものにならないくらい熱かった。


風邪をひいた私に無理をするなって言った人が…なにしてるんだか。









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