石川くんにお願い!
ボーッと虚ろな目をする石川くんが、頬を包んでる私の手にソッと触れる。そして、風邪?なんて不思議そうに首を傾げた。
「早く帰るように言ったでしょ?襲われる石川くんなんか私見たくないよ!!」
「はは…そうだね…風邪なんか引かないから考える気力もなくて。…っ」
フラついた彼をグッと支える。熱い…はやく連れて帰らないと……
そう思って声をかけようとしたのだけれど、つい石川くんの姿に目を奪われる。だって、乱れた服、赤い頬、色っぽい吐息
三点セットでとにかくフェロモンが半端ない。さっきの女の人がその気になってしまうのは、仕方ないのか…とつい納得してしまった。
だけどだからこそ早く連れて帰らないと、肉食系女子に好き放題されちゃう。
「家はどこ??送る!タクシー呼ぶから!」
「でも…」
「でもじゃないの!!弟子の言うことは聞くもんだよ!!」
怖い顔する私をぼんやりと見つめて、無理矢理笑顔を作った彼は
「じゃあお言葉に甘えようかな…」
と蚊の鳴くような声で呟いた。
私はすぐさまスマホを取り出す。そして終電が無くなった時用に登録してあるタクシー会社へ電話をかけた。
迎えが来るまではここで身を潜め、連絡が来たと同時に女の子達の目をかいくぐり大学前へ。
何人かには見られてたけどなんとかタクシーに乗れた…よかった…
石川くんに自宅までの道を言ってもらって、そのまま車は走り出す。
「ごめん…少しだけ」
そんな声と共に肩に重みが来たと思ったら、彼の頭が乗った。そして静かに閉じていく石川くんの目。
さらに………私の手に重なる彼の手に。
…色気が半端無い上に甘えん坊発動!?
心臓に悪いよ…っ!!
不謹慎ながらドキドキしてしまう私の心臓。だけどそんなやましい気持ちを振り払うようにブンブンと首を振り、とりあえず深呼吸しておいた。
そんな時間が数十分続くと、到着したのか運転手さんが車を停めておずおずと声をかけてくる。
「あ、あの」
「あ、はい!おいくらですか?」
「あ、いえ…ここであってますか??」
少し目を泳がせる運転手さんに、外を見て私はギョッとして口を開けた。
「えっ!?」
目に映ったのはおしゃれな恋人たちがお泊りするホテル。なにを考えているんだ、と時間が止まりそうになったじゃないか。
「ちょっ、ちょっと待ってください!聞いてみます。」
慌てて石川くんを起こす為に優しく体を揺する。
「い、石川くん!熱で頭がおかしくなってるかも!い、行きなれてるのかな?でもちゃんと自宅の場所を教えて!」
私の慌て様にゆっくりと目を開けた彼は、ボーッと窓の外を見た。そして
「…ああ…ここでいいです」
と財布を取り出す。
「え、え、え!?石川くん何言ってるの!?」
「…うん…大丈夫」
何が大丈夫なのか全くわからないまま、石川くんはお札を出して、おつりも貰わずにフラフラと車を出て行ってしまう。
私は運転手さんからお釣りを受け取って、その後を急いで追いかけた。
もしかして汗かけば治るとかそんな感じなの!?まって、わ、私…まだそこまでは修行が飛びすぎというか…
赤くなっていく頬。そんなことを考えてる間に石川くんはホテルへ足を進めてしまう。
「さ、さっき言ったばかりでしょ!汗をかけば治るっていうのは」
「…朱里…」
追いかけた私の言葉を遮り、静かにと制するように人差し指を唇に押し当ててきた。
「とりあえず…中に入ろう…」
話はそれから。と言いたげな彼は、そのまま私の手を握りしめると色っぽい表情で中へと入っていく。
「ちょ、ま、待って」
「ごめん…限界なんだ…」
なにが限界なの!?
と聞く暇もなくホテルの敷地内へ。しかし、その入り口を通り過ぎ、裏側と繋がってる家に入っていった。
「え…」
思わず出た間抜けな声。中はいたって普通のシンプルな部屋じゃないですか…。どういうこと?ここはまた違うの??
「このホテル…母親が経営してるんだよね…昔から自由に使ってるけど、家自体はここ。」
私が悩んでいたからか、変わってるでしょ…と辛そうな息を吐き説明してくれる。上がっていいと言われたので、恐る恐る私も中へ入らせてもらった。
「一人暮らし…なの?」
「たまに母親も帰ってくるよ…ホテルの管理もあるし…だけど俺が大学に入ってから彼氏と暮らしてるから、実質一人暮らしかな…っ」
石川くんは話しながらフラフラと奥へと歩いて行って、ばたりとベッドに倒れこんでしまう。
あんなにフラフラなのに…私ってばなに考えてるんだ…すごく恥ずかしい!!!