石川くんにお願い!
熱いことがすぐにわかるほど、湯気を出している雑炊を石川くんの前に出した。
「美味しそう…」
「食欲あるみたいで良かった。遠慮しないで食べてね。」
料理が特別得意なわけでは無いけれど、居酒屋で働いているおかげで簡単なものは作れる。
なので今日改めて働いてて良かったなぁなんて思った。
「美味しいよ…朱里」
「よかった…全部食べたら薬飲んでね。これが替えの熱さまシート。あと、ゼリーと栄養ドリンクとスポーツドリンクは冷蔵庫に入れさせてもらったよ。それと…のど飴も一応買ってきたからね」
「…ありがとう……迷惑ばかりかけてごめん。」
「迷惑!?とんでもないよ!!私が普段石川くんにかけてる迷惑に比べたら、こんなの可愛いものだよ!!」
いままでのことを1から思い出しても、ゾッとするくらい石川くんを困らせることばかりしてる……
これで良く怒られないなと不安になってきたではないか。
「もし…もしね…これから先…石川くんが私のこと面倒くさいだとか、もう離れて欲しいって思ったら…遠慮なく言ってね。」
私って…ほんとにそういうのに鈍感だから…。
そう付け足して苦笑いすると、彼はキョトンとした後
「朱里と会ってから毎日楽しいよ。」
と優しく笑った。
「…ほんと?身体を満たしてあげられないのに?」
「……不思議だけど、満たされてるんだ。心も身体も。」
思わず胸が熱くなる。
青春ドラマみたいにししょおおおおおって、涙を流しながら暑苦しく抱きつきたい。
だけど…石川くんは病人だから、今日は遠慮しておこう。
「と、とにかく!たまってどうしようもなくなったら私のことなんか無視して、女の子抱いちゃってね!!今日は約束破って後つけたけど、風邪が治ったらちゃんと約束守るから。」
「溜まったくらいで死なないよ。」
「えええええ!!でも石川くんのいままでのペース考えたら死んでもおかしくないよ!」
「…全く…朱里は…」
クスクスと笑いながら、石川くんは雑炊を美味しそうに食べた。苦しそうな顔が穏やかになっていることに私も一安心。
「…石川くんの噂沢山知ってるけど、どれもあてにならないんだよ…」
「そうなの?」
「…そうだよ。でも噂の石川くんよりこっちの方が私は好き」
私の言葉にピタリと彼の手が止まる。そしてゆっくりと視線を上げて見つめてきた。
「……ん?どうかした?」
「ううん……雑炊美味しいよ。ありがとう」
「どういたしまして」
笑顔を通わせて彼が食べ終わるのを待つ。びっくりするくらい綺麗に食べ切ってくれて、私は薬を渡して後片付けをした。
……もうこんな時間だ。そろそろ帰らなきゃいけないよね。石川くんの顔色もだいぶ良くなってきたし……
「……石川くん…私そろそろ帰らないといけないけど、もう1人で大丈夫?」
私の質問に彼は時計を見ると
「…何から何までごめんね。朱里。もう大丈夫だよ」
と笑う。
うん…さっきみたいに悲しそうな顔してないからきっと大丈夫だ。
「ううん!全然気にしないで!師匠のためならいつでも飛んでくるから!!」
ホッとして荷物をまとめ、立ち上がった。すると石川くんが、私を先程のようにジッと見つめてくる。
「……勢いだったとは言え…反省してるよ。」
え?反省?
いきなりのことに何を反省するのかわからなくて、ん?と首を傾げた。
「朱里を困らせてやろうとかそういうことじゃなかったんだよ。」
「お、大袈裟だな!大丈夫だよ!」
「……いや…食事に行ってたら気まずくなってただろうなって。」
会話がかみ合ってない。
一体なんのことですか?と聞こうと思ったけど
「…もう少し暗いね…送っていかなくて平気?」
話が大きく飛んでしまった。
まぁいいか。まだ石川くんの熱があるせいで噛み合わないだけかもだし。
「…石川くんの熱が悪化したら困るからいいよ!私はタクシー拾って帰る!!」
「何かあったらすぐに連絡してね。」
「わかった。石川くんは早く身体をなおして、また色々教えてね。」
「うん。もちろん」
いい返事をもらったので、手を振って玄関のドアノブに触れる私の手。
「もし夜にまた辛くなったり、1人が嫌だったらすぐに来るから!!」
最後にそう言い残すと
「朱里」
甘い声で名前を呼ばれた。
靴を履くためにおろしていた顔を上げた途端
チュッ
とおでこにキスが落ちてくる。
………なんのご褒美!!!!?
「え、あ、な、なんのご褒美ですか!?」
「…え?ご褒美?したかったからしただけだよ。」
ケロっとした顔でこちらがドキドキするようなことを言ってくるなんて、さすが師匠と言わざるを得ない。
「これがご褒美じゃないなら…」
何?そう聞こうとすると唇を親指でなぞられた。触り方が艶っぽいのは最早癖なのかなんなのかわからない。だけど、不快感はなくてただされるがままだ。
「ほんとは…」
「ほ、ほんとは??」
ゴクリと次の言葉を待ったけど、彼はニコリと笑うと、私から少し離れた。
「ううん。我慢だね」
「我慢??」
「それよりごめんね。明日から少しの期間大変だろうけど」
再び謝ってきた石川くんに、私は思う。こんなに可愛い神を拝めた上、おでこにキスまでしていただいて謝る必要があるのかと。
「……そんなつもりじゃなかったのに…ついね。」
訳の分かってない私など気にせず石川くんはそう続けた。けどこの続きを教えてくれそうな雰囲気はない。
なので、ゆっくり休んでね。と念を押して、私は彼の家を出たのだった。
この石川くんの謝罪の意味を知ることになるのは、翌日のつーちゃんの一言である。