石川くんにお願い!
ムギュ
その音と共に驚いたような顔をする石川くんが目に映った。私が頬をつねったせいで、綺麗な顔が少し歪む。
「なにするの。朱里」
「もうつけちゃダメ!」
めっ!と小さな子供を叱るように人差し指で鼻に触れれば
「普通照れて顔を赤らめるんじゃないの?」
と彼は面白そうに笑った。
「すんごく困るんだから!!!師匠でも禁止!」
しまいにはつねり攻撃だと両頬をつねる。
いたい、いたい、とクスクス笑いながら呟く石川くんは、私のその手に優しく触れてきた。
「相変わらず予想もできないことしてくれるね。君は。」
「不感症治すら治ってないのですよ!」
「わかった…わかったから。」
石川くんが観念したので私も手を離す。
だけど面白がってる彼に私の大変さが伝わってない気がする……それはそれで悔しい。
「首!」
「え?」
「首出して!仕返しに私がつける!石川くんが困ればいいんだ!」
それならば仕返しだ。
同じように困る場所につければ、私のこの苦労がわかってもらえるんじゃないかと思ってのこと。
だけど石川くんは、一瞬キョトンとしてすぐにおかしそうに笑いだした。
「な、わ、笑い事じゃない!本気だよ!」
「し、仕返しって…お腹いた…っ」
「だ、だって、全然石川くんがわかってくれないんだもん!!」
おかしい。楽しませるためにいったんじゃないのに。
一通り笑った彼は、目の端の小さな雫を拭うと
真っ直ぐ私を見る。
「つけていいよ。」
「…へ?」
そして自分の襟を引っ張るとニコリと笑った。
「どうぞ。お姫様」
…違う…思ってた反応と違うっ!
「困るよ!つけたらすごく困るんだからね!」
「別に…キスマークって相手のものになったみたいだから気に食わなくて嫌いだったけど、朱里ならいいよ。」
「っ!!!」
少し見えた鎖骨が主張しているせいか、恐ろしいほど色っぽい。
「どうしたの?吸わないの??」
石川くんは私を吸血鬼か何かだと思ってるんだろうか。す、吸わないの。なんて…
ジッと固まってると私の頭の後ろに彼の大きな手がまわり、ぐいっと引き寄せられた。
「なっ!」
「お好きなだけどうぞ。」
甘い香りと甘い声にクラクラしそうだ。
「ご、ごめんなさい!無理です!私の負けです!!」
やれと言われてやったって彼の思うまま。きっと私とは違って、キスマークごときで騒がないんだろう。
「なんだ。残念」
すぐに私を解放した石川くんの悪戯っぽい笑み。その顔にものすごく敗北感を覚えた。
元々敵う相手じゃないんだ。もぉ。
「いつか石川くんが困る作戦考えて仕返しするんだから!」
「随分と反抗的になってきたね。可愛い弟子なのに」
「だって、ほんっとに大変だったんだもん!」
石川くんにつけられた印なんて、プレミアがついてもおかしくない。
女の子たちはこれでもかっていうくらい見せびらかすと思う。だけど…
「怒ってるの?」
「え?」
「シワが寄ってる。」
そっと眉間をなぞられてブンブン首を振った。
「もしかして…嫌だった?キスマーク」
そして少し切なげな石川くんの顔が至近距離に。
「嫌なわけない!」
「え?」
「不感症だし、周りにそういうことしてるって思われちゃうのも困るし、知ってる人に見られるのも気が引けたけど」
「……うん」
「華奈にあって見られた時、ちょっとだけ見栄を張りたい気持ちが湧いたの。彼氏は取られちゃったけど、私は石川くんに色々してもらってる!なんて。だけど、それは石川くんを利用するのと同じだから罪悪感でいっぱいになった。こんなくだらない見栄を張ってごめんなさい。」
そう。何が困ったかって、本当は何もなかったのに、そう取られていいなんて思ってしまった自分の汚い部分だ。
こんなに協力してくれる彼を、私のちっぽけなプライドの為に利用するなんてとんでもない。
「……そのくらいの可愛い見栄ならいくらでもしてくれていいのに。」
何故か嬉しそうな顔の石川くんは、優しくそう呟く。
「だ、だめ。嘘はだめなの。女の嫉妬なんて汚いものに巻き込みたくもないし。邪な気持ちを持ってしまったこと素直に懺悔しとくね……お詫びしたい気持ちでいっぱいです…」
恐る恐る彼の方を見つめると、新しい遊びを思いついた子供みたいな顔してた。
「……なら何かしてもおうかな。」
え?
そしていつもは遠慮がちなのに珍しい言葉。
「え、あ、はい。アイス驕ろうか?」
「ううん。いらない」
「えっとじゃあ…」
一体師匠は何を望んでいるのかと考える。
学食?それともケーキ?
あれ?石川くんって何が好きだっけかな。
色々考えたけど、思い付かなくて1人で悩んでいた。
すると石川くんが私の顎をクイッとあげる。
「…朱里から…キスをもらうよ。」
……ん?
……え?
……キス!?!?!?