石川くんにお願い!
長い長いキスに我慢しきれなくなったのは、私の膝。誰かに膝カックンされたんじゃないかと思う勢いで崩れ落ちそうになったところを石川くんが受け止めた。
「は、激しすぎだよ…し、師匠…」
今日の修行はやけに甘くて、頭がクラクラする。だけどやっぱり彼は余裕の笑みを浮かべて、私をゆっくり支えた。
「…朱里…キス上手くないね。俺が1から教えてあげる…ゆっくり時間をかけてね」
「…ゆ、ゆっくりって、今もう結構ステップ踏んだよっ?」
「そう?こんなのまだ序の口だからね。」
これで序の口!!?
と叫びたかったけど、息が乱れてそれどころじゃない。
いつの間にか私のスマホを取った師匠は、うるさく鳴り響くアラームを止めてそれを手渡してくれる。
「はい。歩ける?送っていこうか?」
「え、い、いやでも…」
「そんな色っぽい顔で男の所に行ったら欲情されちゃうよ…いいの?」
広大くんに限ってそんなことは無いだろうけど、まだキスの余韻が残るこの身体と唇。
そんな状態で謝罪するなんて不謹慎かなと思い止まった。
それでも……ずっと避けちゃってるのは失礼だし…
「…心配かけちゃってるかも…」
「ほら行くよ。」
私の言葉なんか無視して、腕を引いた石川くんはそのまま歩き出す。
まぁでも仕方ないよね。広大くんには悪いけど、やっぱりこんな状態で話してもちゃんと謝罪出来なさそうだもん。
心の中で全力土下座をしながら、彼に掴まれたまま歩いていた。
あちこちから集まる視線は、女の子達から。
私には嫉妬という憎悪が沢山こもったものがプレゼントされてる気がする。
……あ…あれ絶対要くんだ……。彼にも謝りたいのに…気まずくなるよぉ。
石川くんに止まってくださいとお願いする前に
「あ、朱里。」
透き通った綺麗な声に呼ばれて、私達は足を止めた。
「か、華奈…」
誰も呼び止めなかったのに。
おまけに彼女に呼び止められたのは久しぶり。挨拶はしているけど、2人の間にある気まずい空気は変わらずあるもの。
「…急に呼び止めてごめんね…あの、広大くんが探してたから」
「あ、そ、そか。ありがとう」
どういうつもりで華奈がそう言ってきたのか意図はわからなかったけど、石川くんに目で
探されてます。
と訴えかける。
「ごめんね。朱里、体調が良く無いからまたにしてくれってそいつに言っといてくれる?」
しかし彼はなにを思ったのか勝手なことを言った。
ちょっ…別に体調が悪いわけじゃ無いのに!!
「…そうなの?体調悪い…って大丈夫?」
遠慮がちな華奈にそう言われて、思わず怯む。
あの事件が起こる前は、彼女はこうして私の体調を気遣ってくれていた。
だけど……いまは心が疑ってしまう。
まだ気まずい状況なのに石川くんがいるから、心配の声をかけてきたんじゃ無いかと。
自分の心が醜い方向に走ってしまっているので、それを急いで払い退ける。もしかしたら何かをきっかけにまた仲良くなりたいって思ってくれてるのかも知れない。そんなこと考えちゃダメ。
「…石川くんが朱里を送っていくの?」
だけど彼女の目に私がうつっていない気がしてならなかった。
そんな時…見つけてしまったのは華奈の首筋の紅い痕。
ああ…そうか…
華奈には大ちゃんがいるじゃん…
上手くいってるみたい……
ついあの出来事を思い出して、悲しくなった私に気づいてか、石川くんが強く手を引いた。
そして背中に隠してキスマークを見えないようにしてくれる。
「もちろん送っていくよ。危ないからね」
だけど一度見つけてしまってはやっぱり気になってしまうもの。悔しいなぁ…大ちゃん私にはそんなものつけたこと無いもん。女として華奈に勝てると思ってないし、未練など無いけどやっぱり少し悔しい。
でも…2人は上手くいってるんだ…
そんなことを思っていたら、足音とともに
「なにしてんの?華奈」
と懐かしい声が響いた。
最悪のタイミングだ…
思わずギュッと石川くんの服を握って身を縮める。
「あ、大ちゃん…朱里に広大くんのこと伝えてて」
だけどあっさり私がいることを華奈が伝えてしまった。まぁ隠れる方が難しいか。
身長の違いはあるけど、隠れきれるわけ無いもんね。
どんな顔しようと悩んでいると、大ちゃんがフンっと鼻で笑った。
「石川ってさ、女にモテるくせになんでそいつといるわけ?面白くねぇだろ。特にそいつは」
”特に”ということが私の不感症を指していることを理解する。石川くんのように女の子を抱いてる子が、反応も良く無い女を相手して面白くないと言いたいんだろう。
「大ちゃん…」
「石川もプライドで一緒にいるのかしらねぇけど、そいつキスすらまともにさせてくれない女だしつまんねぇよな。その先なんかもっとひどいし。」
「…ね、ねぇ…朱里が可哀想だよ…」
大ちゃんと華奈のやり取りは私の胸をえぐるように苦しめた。可哀想…その言葉1つでひどく惨めだ。
優しかった元彼ももうここにはいない。
馬鹿みたいにふざけあって、それなりに楽しい恋人同士だと思ってたのに。別れてしまえばここまで変わるのか…
だけど…そこで1つの結論にたどり着いた。
…私がこうさせてしまったんだと。
きっと今まで大ちゃんはこの身体のせいで沢山我慢してきた。それがいま爆発してるんだ…
だから…なにも言い返せない。
ぎゅううとシワになるくらい石川くんの服を更に強く握りしめた。いまはまだなにも言わない師匠に、不安ばかりか私を襲う。
しかしそんな気持ちとは裏腹に石川くんはクスッと笑った。
「君は一体何の話をしているの?」
そして私の震える身体を”大丈夫だよ”と伝えるようにポンポンと優しく叩く。
……石川くん?