石川くんにお願い!
付き合っていた頃と違う私の姿に驚いたのか、大ちゃんは大きく目を見開いた。
「石川くんが誘ってるんじゃない。女の子達が誘ってるんだよ。それに合わせてるだけ。悪いのは彼氏がいるのにそんなことお願いする女の子達じゃん!!それ以上石川くんを悪く言ったら許さない!!」
私の大声にザワザワと野次馬が集まってきた。集まってきたくせに、見て見ぬ振りをしている。だけどそんなのは関係なかった。
ワナワナと震えだした大ちゃんは
「…っなんだよそれ…」
と怒りで眉が歪んでいる。
「…ブスのくせにイケメンにちょっと遊んでもらえたからって、有頂天になってんじゃねぇよ!!!!石川が最低な奴だっていうのは大学中の噂なんだよ!!あいつ顔が良いからって、好き勝手してるし、そんなクソみたいな男に元カノが遊ばれてるだなんて俺が恥ずかしいだろうがっ!!」
彼が最低な台詞を言い終わった後すぐに
バシャリ!!と大きく音を立てた。
私が持っていたペットボトルの水は半分くらいに減っており、ポタポタと大ちゃんの髪から雫が垂れる。
あまりにも腹が立ってしまったから、衝動的にかけてしまったのだ。
「今回の大ちゃんと私のことに石川くんは、関係ない。私のことならいくらでも悪く言って良い。不感症だったこともバラせばいいよ。本当だもん」
グッと何かこみ上げてきたけれど、必死に耐えた。
「でも…何も知らないくせに、噂だけで石川くんのことそんな風に言わないで。」
思い出すのは優しい石川くんばかり。
私は一体どれほど彼に助けてもらっているだろうか。
だからこそ大ちゃんの言葉は許せなかった。
噂を信じてしまう気持ちもよくわかる。
友達のために怒っているならそれは仕方ない。
だけどこれはあからさまに私への当て付けで、関係ない石川くんのことまで、悪く言う情けない姿に怒りばかり積もる。
「石川くんは誤解されやすいけど、優しいんだから…彼女の親友と浮気したことを棚に上げて、人を悪く言うような人なんかより何百倍も何千倍もいい人だよ!!!」
はぁはぁと言い終わった後は肩が上下に揺れた。
なにも言わない大ちゃんからプイッと顔を背け、逃げるように走り去る。
少しだけ残ったペットボトルのお水が、バシャバシャと振動に合わせ音を鳴らしていた。
あれが…私の元彼か。
素敵で優しい彼氏だなんて
付き合い始めた頃の私は何度も惚気ていた。
だけどいまはそれが恥ずかしくて仕方ない。
気付けば校舎の外。
追いかけてきていないことを確認してスピードを緩めた私は、泣きたい気持ちと情けない気持ちをそっとしまいこんだ。
「帰ろ……」
今日のことはなかったことにする。
そして次から彼に会ったら無視をしようと心に決めた。
悪い予感がすると昨日思ってたことが当たってしまってる…ほんと。
トボトボと足取り重く大学敷地外へ繋がる門までゆっくりと歩く。誰かが上に乗っかってるんじゃないかと思うくらい、前に進まなかった。
気付けばポトっと涙が落ちて、周りにバレないようにソッと拭う。
情けない。本当に情けない。
しまったはずの気持ちが溢れ出す。
怒りよりも悲しみの方がいまは強い。
スマホがさっきから震えてる。
もしかしたら大ちゃんかもしれないと思うと、怖くて見れなかった。
やっとのことで大学の門の所まで来て、そのまま帰ろうとしていると
グイッ
と腕を引かれてバランスを崩す。
…大ちゃん!?
思わず逃げる方法を探したけれど、よろけた私を抱きとめた腕と、優しい香りに包まれてその相手が誰だか気づく。
「…見つけた……っ」
はぁはぁと息の荒いそれは、間違いなく私の師匠だ。
「石川くん……」
私探されてたのか、ならさっきからスマホが震えてたのは彼からの電話?
色々考えていると涙跡を石川くんの親指がなぞる。
「…女の子達が噂してた…俺のことで大げんかしてる人がいたって。詳しく聞いたら随分ひどいこと言われてたみたいだけど大丈夫?」
「え、あ、…私は大丈夫だよ。よくわかったね…はは」
「わかるよ。俺を庇ってくれるなんて朱里だけだから。」
切なげに笑った彼に私の涙がこみ上げていく。
こんなに優しい人なのに。
こんなに素敵な人なのに。
どうしてあんな風に言われなきゃならないのか。
「…ごめんね。朱里」
「?どうして石川くんが謝るの?」
「俺が調子に乗って、あいつを煽ったから君に酷いこといったんでしょ?そこまで予想してなかった……」
もう一度
”ごめん”
と呟いた石川くんに私は首を横に振った。
「違うの。」
「え?」
「ごめんなさい。石川くんを巻き込んでばかりでごめんなさい。」
私のことはいくら言われたって構わない。
喧嘩した時は必ず”ブス”って口癖みたいに言うんだもん。もう慣れてる。
だけどあんなに大勢の前で石川くんを悪く言ったのは、大ちゃんとの揉め事に私がこの人を巻き込んだからだ。
付き合っている時に大ちゃんが石川くんを悪く言ったことなんてないもの。
悔しさと歯痒さで涙がポロポロ零れ落ちた。
「ごめんなさ…っ」
「泣かないで。」
私が言い終わる前に石川くんが苦しそうな表情で私を見つめてくる。
「……巻き込まれたなんて思ってないから。」