石川くんにお願い!


切ない声に思わずジッと固まると石川くんが私の涙を拭った。


「泣かないで。朱里」


もう一度はっきりとそう言った彼の顔は、心配してくれているのが滲み出ている。


「俺の事悪く言ってるやつなんて山ほどいるから心配することない。気にしなくていい。」

「そ、そんなのダメ!」

思わず叫んでしまった。だけどやっぱり、気にしなくていいと思うことはできない。


「…石川くんは優しいもん。みんな知らないでひどい嘘ばっかり噂にしてる。しかもそれを私が大好きだった元彼がしてるなんて、許せなかったの。」

「朱里…」

「石川くんの耳にも入っちゃったんだよね…ごめんね。気分悪くなったよね……そんな人じゃなかったんだよ。」

私の知ってる大ちゃんは、いつもみんなの中心にいて

友達想いで、優しくて、気が利いて、口は悪いけど頼りになったし、一緒にいて面白かった。


あんな大勢の前で誰かを傷付けるようなことをする人じゃなかったのに。


「石川くんの汚名を晴らせなかったかも。私興奮しすぎて…自分で何言ってるかわからなかったから…」

”ごめんなさい”

もう一度そうやって謝ろうとしたら、グイッと腕を引かれて石川くんに抱きしめられた。


「俺はいい…誰に何を言われても平気だから…」

「でも…」

「…朱里が…俺のことをそんな風に言ってくれるだけで…十分だから。」


グッと強く抱きしめられて、思わず涙がこみ上げる。


こんなに優しい人なのに。噂に振り回されてる人は、馬鹿だ。


水をかけるだけじゃなくて、ビンタの1つでもおみまいしてやればよかった。


「…石川くんは…素敵な人だよ…」

素直な気持ちを呟けば、痛いくらい彼の腕が更に強くなる。まるですがってるみたいに思えて、胸が苦しかった。


「……ありがとう…朱里…」


きっと石川くんも辛いはず。


”恋は素敵だよ。”
私はつい最近、師匠にそう言ったのに。
こんな風になってるなんて、説得力無さ過ぎるよね。



「こ、今度会った時もまだイライラしてたらビンタする!私の師匠をけなした罰だ!って!」


こみ上げた涙は堪えて石川君のために、空気が和めばとそんな台詞。私が元気を取り戻したからか、彼の腕がゆるまっていったのでソッと離れた。

案の定彼は私の言葉にクスクスと笑ってる。


「もし、また何かされたら俺を呼んで。すぐに行くから」

「ふふ…ヒーローだね。なら私もひどい噂を聞きつけるたびに現れようかな」

「……頼もしいね」

「…でしょ?…あ、探してくれてありがとうね。石川くん」



きちんとお礼をしなくてはと、ソッと呟いたら


「俺が…朱里の側に行きたかっただけだよ。」

と囁かれてしまった。


相変わらず弟子を喜ばせるのがお上手。


「迷惑ばかりかける弟子でごめんなさい」

「こんなに庇ってくれてるのに、迷惑だなんて思うわけない。」


2人で笑い合えば怒りがスーッと引いていく。


すごいなぁ…石川くんは。
怒りさえも鎮めてくれるんだから。


「さぁ…帰ろうか。送っていくよ」

「え、でも」

「いいから…ほら行こう」



そこまでしてもらうのは。と遠慮する私の腕を掴むと石川くんはそのまま歩き出した。




…ほんとどこまで優しいんだ。



**************


言った通り私の家の前までしっかり送り届けてくれた彼に、私は頭を下げる。


「ありがとう。石川くん」

「うん。こちらこそ。」

家の玄関の前でそんな挨拶を交わすと、少し考えた様子の石川くんは、ジッと私の顔を見つめた。


「…朱里」

「あ、は、はい!」

「明日は用事があるから、迎えに来たり、探したりしないで欲しいんだ。」


いきなりのことにキョトンとしてしまったけど、言葉の意味を理解した後はしっかりと首を縦に振る。



「も、もちろん。わかった。」


ここのところ石川くんにべったりだった。
私が遠慮すれば彼も探しに来てくれたりして、ほとんど毎日一緒。

要くんもそれが面白くないみたいなことを言ってたし、自粛するいい機会かもしれない。


「ごめんね」

「ううん。私も明日はバイトがあるから、また落ち着いたらでいいからまた修行しようね!」



もしかしたら女の子と約束があるのかもと考えた。私に振り回されて、全くそういうことしてないみたいだし、いろんな意味で発散してきて欲しいもんね。


「また…必ず連絡するからね。」

「おとなしく待ってます!」


敬礼する私を見て笑った師匠は、ソッと手を伸ばして頬に触れてきた。


「少し涙後が残ってる…」


そして切なげな声。


「…え、ほんと?もう平気なのに」

慌ててそこを拭おうとした私の手を掴んだ石川くんは、ソッと涙後にキスを落とす。


思わずギュッと目をつぶったけど、よく考えたらまたご褒美をもらったじゃないか。


喜びを言葉にしようと思ったのだけど、何故か悲しそうな顔をしている彼に思わず口を閉ざした。


「庇ってくれてありがとう……それとごめんね」

「じ、事実を言っただけだもん!!私は本当の石川くんを知ってるから!」

「…本当に優しいね…朱里」


…やっぱりなんだか悲しそう。
何を考えてるのかな…


「石川く」

「またね。朱里」


聞こうと思ったけど、遮られてしまいそのまま彼は背中を向けて去って行った。


…なんだか急におかしい雰囲気になったけど、大丈夫かな…石川くん。






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