石川くんにお願い!
翌日、講義が終わった後のこと。
「石川くん、今日可愛い女の子と帰ったらしいよー!!」
「なんだ!彼女ができたって嘘だったんだねー!」
「私も明日誘ってみようかなぁ」
昨日悪口を言っていたであろう派手目の女の子達が、私をチラチラ見ながら大きな声でそんなことを言ってくる。
”お前だけが特別じゃないんだよ”なんて伝えたいのかな。
しかし私は石川くんの彼女でなければ身体の関係もない。だからわざわざそんなことを言われなくてもわかっているのだ。
「いいの?」
「え、何が?」
「あんたの師匠のことに決まってるでしょうが」
そんなやり取りを冷静に見ていたつーちゃんが、キッと眉を上げる。
「いいも何も…石川くんは元々そういう人だよ。つーちゃんだって知ってるでしょ?」
そう。これが本来の姿。
それを知ってるから弟子になったのに。
何故今更そんなことを言うんだ。
「なんか…わかんないな」
しかし納得いかないような表情を浮かべる彼女に、私も思わず首を傾げた。
「なにがわからないの?」
「石川くんのこと。朱里はもちろんメリットがあるから一緒にいるでしょ?なら彼は?メリットなんか無いのに、やたら朱里に執着してるように見える。優しくしたり、探しに来たり、庇ったり、普通しないと思う…そんな面倒くさいこと。」
確かに石川くんにメリットはないけれど、困った人を放っておけない優しい人って考えたら別に普通なんじゃないだろうか。
「弟子だから可愛いって言われたことはあるよ。」
「はぁ?なにそれ」
「石川くんは私が心配ばかりかけるから気にしてくれてるんだよ。優しい人なの。相手が私じゃなくてもそうするよ。」
「……そうは思わないけど。…でも今日は他の女の子といたみたいだし、よくわかんない男。」
「前から言ってるでしょ。男の人は欲に忠実なの。いつも我慢して付き合ってくれてたから、今日はきっと我慢できなくなっちゃった日なんだよ」
指をトントンと動かして、考え事するつーちゃんに私はそう言って笑った。
だけどやっぱり腑に落ちないみたい。
「良いように使われて遊ばれてないよね?」
「……まさか。そんなことする人じゃない。遊ぶなら私みたいなの選ばないだろうし」
「……なら、石川くんが朱里に本気ってことは?」
筆記用具をしまおうと伸ばした手が思わず固まった。
なんですか。その面白い冗談は…
そう思ったけど、彼女の目は真剣そのもので私をからかってるようには見えない。
「正直おかしいと思う。私が知ってる石川翔平は、女の子にキスマークつけたり、元彼から庇ったり、身体の関係なしに同じ女とずっと一緒にいるような人じゃない。」
石川くんが…私を好き?
一度考えてはみたけれど、あり得ない展開すぎて笑ってしまった。
「ないない。絶対無いよ。」
アハハと声を出すと、つーちゃんが机に両手を置いて立ち上がる。
「どうしてそう言い切れるわけ?」
「え、あ、どうしてって…月とスッポンだから?」
「そんなの関係無い!!やっぱり色々辻褄が合わない!」
いつも冷静な彼女が今日はやけに興奮しているなと思った。
多分女の子達が私の悪口を言ってるのが面白く無いのだろう。つーちゃん優しいもんね。
「つーちゃん…気を使ってくれなくて大丈夫だから。この話はこの前もしたでしょ?」
「だって…石川くんの行動は朱里のことが好きだとしか思えない」
「…そうかな?私はそう感じたこと無いけど」
「ばかっ!!!そう感じないと周りのギャラリーがわざわざあんたのところに来て、嫌味言うはず無いでしょうが!!」
あまりの迫力に、石川くんが私のことを好きだという可能性をもう一度考えてみたけどやっぱりピンとこない。
石川くんって女の子みんなに優しいイメージ強い。弟子として特別扱いはされてるかもしれないけど、それが恋愛感情と言われるとそんなこと無いと思うしなぁ…
「やっぱり思い違いだよ。ありえないもん」
けろっとした私に、つーちゃんは頭を抱えてしまった。
「…今日女の子と一緒だったって言うのが納得いかない。それさえなければ、私の中で確信が持てたのに!」
「…だって石川くんは性の世界の神だからね。今日も女の子を喜ばせてることでしょう」
ニコッと笑ってつーちゃんの肩をポンポン叩く。しかしまだ悩もうとしていたので
「ほら。いいから帰ろうよ」
と強制終了させる。
しぶしぶ立ち上がった彼女は、ブツブツ文句を言いながらもカバンを持って歩き出した。
…石川くんが私を好きだなんて
一体どこからそんな発想が出てくるんだろう。
そんなの奇跡が起こらない限り無理だよね…
しかめっ面のつーちゃんと、面白くてついついニヤニヤしてしまう私は、肩を並べて校舎外へ。
要くんに色々言われちゃったし、女の子達にも噂されるし、大ちゃんもわけわかんないこというし、こうやってこまめに距離はおいたほうが良いのかも。
だけど1日師匠の顔が見れなかっただけで少し寂しかった…。
明日は…少しだけでも会えるかなぁ……なんて距離を置く気があるのかと私はまた笑ったのだった。