石川くんにお願い!
つーちゃんに言われた通り、自販機の前にやってきた。
人が沢山いる……石川くんは絶対この野次馬の先だ。
「……ちっ。翔平先輩が見えない。」
要くんが不機嫌そうに呟いたその瞬間
「ふざけてんじゃねぇぞ!!!!」
聞こえてきた男性の叫び声に、誰だかすぐにわかってしまった。だって何度も何度も耳にしたことがある声だもん。
「…大ちゃん…だ…」
「は?」
嫌な予感が当たってしまった。
どうして石川くんと大ちゃんが喧嘩なんかしてるの??
どうにかこの先に行けないかと悩んでいると、背後から
「…あ、朱里ちゃん!!」
と名前を呼ばれる。
振り向くと広大くんが、息を切らしてこちらに近づいて来た。慌てて走ってきたせいか額に汗が流れてる。
「広大くん…」
「大がキレてるっていう話聞いて、きたんだけど、朱里ちゃんも…っ?」
「そうなの!ねぇ…一体なにがあったの!?」
頭の中がこんがらがってこの状況が理解できない。石川くんが大ちゃんと喧嘩するなんてらしくないよ。
「朱里先輩…落ち着いてください。彼困ってますよ……」
「お、落ち着いてられないよ!広大くんお願い!何か知ってたら教えて!!!」
私をなだめる要くんにすら興奮状態で叫んで、広大くんにそう続けた。
彼は一瞬言葉を詰まらせて悩んだけれど、隠しようがないと思ったのか、ゆっくりと申し訳なさそうな声で話を始める。
「……昨日…石川が…」
「うん」
「…華奈ちゃんと…その…」
「……華奈?と…?」
「…関係を持ったみたいで…えっと…華奈ちゃんが大に別れを告げたみたいなんだ。それであいつ逆上したみたい………」
華奈と石川くんが??
昨日の相手は、華奈だったの?
どうして……。
私の師匠は、理由もなく人を傷付けるような人じゃない。ましてや、華奈が大ちゃんの彼女だということも知ってる……
「………」
訳がわからない。だけど、私は今すぐ石川くんの元に行かなきゃ。
もう頭の中にそれしかなくて。群がる野次馬たちを見つめて、グッと拳を握り足を進めた。
「…あ、朱里ちゃん」
要くんと広大くんに背中を向けて、文句を言われながらも女の子たちをかき分ける。
そこまでたくさんいるわけじゃなかったから、すぐに2人の姿を見つけられた。
正にちょうど、石川くんが口を拭っているところ。
「…痛いな……」
…口から血が出てる…もしかして殴られたの!?
「…人の女寝盗っといて涼しい顔してんじゃねぇよ。石川」
座り込んでる石川くんの胸ぐらを大ちゃんが掴んだので
とめなきゃいけない!!
と脳が信号を出して駆け寄ろうとした刹那
「…なにが違うのかな……」
石川くんが切なげに呟いたので、思わず足がすくんだ。
「…君が朱里にしたことと…なにが違うの??」
キッと睨みつけるようにそう放った彼に、私は思わず固まってしまっていた。
…私……?
「はぁ?」
「朱里では満足できなかったから、君はあの娘に乗り換えた。君では満足できないからあの娘は俺に乗り換えた。一体なにが違うの?」
周りがザワザワとざわつく。
予想もしてなかった言葉……
胸がキュウウと強く握られたみたいに痛い
「…なんなの。お前。朱里に頼まれたのか。」
「…まさか。朱里は君みたいに、逆上したりしないよ。自分も悪いんだって、頑張ってる。君が俺を人の女を寝盗る男って思ってるみたいだし、その通りにしてあげただけ。」
「本当のこと言われて腹立ったから、華奈と寝たのかよっ!!!」
大ちゃんの怒鳴り声に怯むことなく石川くんは、口角を上げた。
「どうでもいいよ。自分の噂なんて」
「…じゃあなんで」
「……朱里が泣いた……」
この場に響いた声は、まるで自分が辛い目にあったような悲しみを感じる。
「…3度も朱里を泣かしたことが…俺は許せない。」
石川…くん…石川くん…
込み上げてくるものが瞳から流れるのに
時間はいらなかった。