石川くんにお願い!
「お前何言ってんの…頭大丈夫か?」
ハッと馬鹿にするように大ちゃんが石川くんを鼻で笑う。 ポロポロと流れる涙のせいで2人は少し揺れていた。
「…頭がおかしいのは君の方じゃないかな。」
「…あ?」
「…あんなに簡単に他の男の誘いに乗る女の子に乗り換えといて、フラれるなんて滑稽だと思わない?」
「…っ!!」
石川くん明らかに煽ってるよね……そのせいで大ちゃんの怒りがわかりやすいほど伝わってくる。
「あんな子はいらない。大して面白くもないし、君に返してあげるね。でも」
とても涼しい顔。
口元が赤く染まっていたけれど、そんなことをものともしない様子で、彼は綺麗に笑った。
「…今更後悔しても…朱里は君なんかに返してあげないから。」
確かに響いた低い声に、女の子たちがざわつく。しかし頭に血が上ったせいで周りが見えていないのか、大ちゃんが拳を振るった。
ドカッと鈍い音を立てて、再び石川くんの綺麗な顔に傷が付いてしまう。
きゃあ!!
と発狂する女の子達
「格好悪いね…朱里は平気で傷付けるのに、自分のプライドは傷付けられると腹が立つんだ……」
「このっ!!」
「やめてっっ!!!!」
大ちゃんの拳が再び握られたとき、やっと私の声は出てくれた。
ダッとかけより、震える大ちゃんの手を掴む
「お願いだから…もうやめて!!」
涙が止まらない……見たことない大ちゃんの形相にただただ首を振るしかなくて。
「…朱里……」
「お願い…この手を下ろして!!石川くんは関係ないのっ!!私が巻き込んだだけだから」
「お前が…やっぱりお前が頼んだのかよっ!!」
怒りの矛先が私に向いた。だけどゆっくり立ち上がった石川くんが私の手を引いて引き寄せる。
そして
「そんなわけないって、考えたらわからないかな?」
と声で威圧した。
鋭く開かれる大ちゃんの瞳孔。
私は慌てて石川くんの手を振り払って、今にも彼に殴りかかりそうな元彼の前に立ちはだかる。
「もうやめて…。今の大ちゃんすごくカッコ悪いよ……」
思い出すのは楽しい思い出。
優しい彼氏。
ひどいことをされたって、ちゃんと覚えてるのに。いま、大ちゃんはそれすら私から奪おうとしてる。
「これ以上…嫌いにさせないでっ」
「……っ!!」
「私から…楽しかった思い出まで消そうとしないで…っ。」
懇願するように呟けば、彼はゆっくり手を下ろして、苦痛の表情を浮かべた。
そしてそのタイミングで人混みをかき分けた広大くんが、大ちゃんの元に。
「もう行こう…大。」
周りの女の子たちは、もちろん石川くんの味方で…ヒソヒソと大ちゃんの悪口が飛び交い始める。
「ほら…な…」
なだめるように声を出した広大くんは、チラリと私を見ると呆然としている大ちゃんをそのまま連れて行った。
こんなに騒ぎになったけど、警備員さんは来てないみたい。よかった……
「…朱里…」
優しく名前を呼ばれて振り向いた私は、痛々しい石川くんの口元に顔を歪める。
「…大丈夫っ?痛い??」
「大丈夫だよ…ここじゃ人が多い…移動しようか。」
ソワソワする女の子たちは、石川くんに声をかけたいんだろう。
だけど異様な彼の雰囲気に、運良く話しかけてくる人はいなくて、そのままその場を後にした。
…あ…要くん
一瞬キッと私を睨んだ要くんは、そのまま背中を向けて去って行ってしまう…。
……面白くないだろうな…全部私が招いたことだもん。
自己嫌悪に陥りながら私と石川くんは、人の少ない場所へ。
いつも密会する隠れ場所に彼を座らせ、ハンカチを近くの水道で濡らし、石川くんの口元を抑える。
「朱里……」
「………」
「朱里?」
「……っ」
「怒ってる?」
さっきのことを思い出して、ついポロリと涙が落ちてしまった。
そんな雫を、心配そうな石川くんが親指で拭う。
もう一体どんな感情で溢れてくるのかわからないよ……
一度スイッチが入ってしまえば止まってくれない。
「…朱里……」
「…怒ってる…怒ってるよ。石川くん」
「……ごめんね……」
偉そうにお説教をするつもりはないし、できるわけもなかった。ただ、私のためにここまでさせてしまったという事実に胸の痛みが襲いかかってくる
「…こんなこと…しちゃダメだよ。石川くん……」
「…そうだね…」
私を慰めるためか、彼の大きな手が頬を包んだ。
痛々しい口元、巻き込んでしまった罪悪感、どうして私は、いつもこの人に迷惑ばかりかけてしまうの。
泣き止んでと言わんばかりの優しい手に、ますます熱いものが込み上げてしまった。
「泣かせる気なんか…なかったんだ。」