借金のカタに取られました
ついに卒業、結婚、そして……
卒業式も近くなり、高校生活最後の期末テストが行われた。

航平のスパルタ家庭教師のお陰で、初めてテストに手応えを感じた。

戻ってきた答案用紙の点数は満点が三教科、残りも全て九十点以上だった。

そのテストを航平に見せると

「やれば出来るじゃないか」と言って頭を撫でられた。

初めて褒められて、千那は満足感と達成感でいっぱいになった。

他人に褒められることは、これが初めてだったかも知れない。

何をやっても褒められることを知らずに育った千那は、勉強も手を抜いて生きてきた。

誰も見ていない、誰も何も言わないからと、今から考えれば言い訳だが、それを理由に努力することも避けてきた。

以前、航平に言われたとおり、諦めていた部分もあった。諦めていく事が増えると、諦めなくても良いことまで、諦めてしまっていた。

今回、初めてテストに真剣に取り組み、勉強し努力することで結果が出て、その結果を報告する人がいる、そして褒めてくれる人がいることが、どんなに励みになるかを学んだ。


卒業後、真子はアパレル関係に就職することになっており、健は大学に進学すると聞いた。

皆が進路について話すとき、千那は黙って聞くだけで発言しなかった。聞かれても

「家の手伝いをする」と嘘をついた。

もし、航平の事がなければ、どうしていただろう?

大学に行くお金はないだろうから、真子のように就職をしていたのだろうか?

でも、こんな仕事をしたいという明確な考えもないし、社会で働く自信もない。

もしかしたら、心のどこかで今の状況に安堵しているかも知れない。

ここ数ヶ月で生活は劇的に変化をし、千那自体も成長した。簡単な料理はレシピを見ないで出来るようになったし、掃除は効率よく前よりは時間が掛からず綺麗に出来るようになっていた。

世間で言う一般常識的なものも一応一通り覚えた。まさに航平に育てられたのだ。



卒業式を迎え、千那は寂しい気持ちもあったが、どこかで航平への愛情も芽生えていた。傲慢で口が悪いが、普段は温厚でカズさんとのやりとりを聞いていると優しさも感じられ、一回り上ということもあり心の中では頼りにしている部分が多く、大きな後ろ盾が出来たような安堵感があった。

今までは、家に帰っても電気がつくだろうか、ご飯は食べられるだろうか、借金の取り立ては来ないだろうか、その上、何か問題が起きたとしてもあの両親では全く頼りにならず、安心して生活することがなかったから余計に感じられた。

航平と出会って、混沌とした小さな世界から連れ出して貰ったような開放感も、この支配された生活の中で感じていたのも確かだった。


卒業式の日、周りの生徒は泣いていたが、千那は泣くことはなかった。

「悲しい、寂しい」という感情にうまく蓋をすることに慣れてしまって、周りからは冷たい人間に見られるかも
知れないが、心の中では皆と同じように寂しいと感じていた。

ただ、表現が出来なくなってしまっていた。


式を終えると、航平が門で待っていた。

車内で

「今日、婚姻届を提出したから」とあっさり報告される。

拉致された日、婚姻届を書かされたのを思い出した。

あの日は頭の中が混乱していて、書いたことさえ忘れてしまっていた。

そして、卒業したら結婚するというあの時の言葉は本当だったのだ。

結婚ってこんなものなのか、小さい頃から憧れていたけど目に見えて変化なんてないのだ。

ドラマチックなものを想像していたが、現実は形式的な物で、その日から何かが変わるというものではないようだ。少しがっかりしていると

「左手を出せ」と言われ差し出すと指輪をはめられ、航平自身も自分の指に指輪をはめたのだ。


その夜、カズさんは豪勢な食事と手作りのケーキを焼いていて、そのケーキの上には

「卒業おめでとう」というプレートが飾ってあった。

卒業したという実感もなく、結婚したという実感は更にない。

きっと結婚したという実感は、結婚式を挙げることで湧く物かも知れない。

非現実的なものを演出することで、平坦な形式上の出来事をデフォルメして無理矢理、実感するのだ。

しかし、千那は結婚式には憧れはなく、性格的に自分が主役になり、親戚や友人を呼びつけるなんて、考えただけでも申し訳なくてやる自信はなかったからだ。

ウエディングドレスは着てみたいが、出来れば誰も居ない所で二人きりでという条件だ。
でも、もうこの生活ではそんな夢も叶いそうにはない。



千那はもう航平とベッドに入っているだけで、ドキドキするようになっていた。

航平が触れてこない日が寂しいとさえ思うように変化していた。

航平は千那に激しくキスをした。そして千那の顔をじっと見る。

「俺に抱かれたいか?」

千那はもう充分に準備が出来ていた。

「はい」と答えると

初めて航平と千那は繋がる。

千那は自分から求めるように航平に身体を密着させ、身体の芯が熱くなり絶頂を感じる。

「航平……」と思わず呟く。

航平と千那の繋ぎ合った手には指輪が光っていた。




まさか、千那と寝るとは思っていなかった。

男との付き合いに慣れては欲しかったものの、ここまで千那の身体が開花するとは想定外だった。

もしも、いつまでもガチガチのままで、嫌がっている様子ならば、抱くつもりはなかった。

しかし、いつしか千那は、敏感になり、受け入れる身体となっていった。

毎晩、横で一緒に寝ていて、女が悶々としているのは、男としては放っておけない。

それは、拷問にも値するだろう。心は受け入れて無くても、身体が受け入れているなら、それに応えなくてはいけない。こうしたのは、俺の責任だ。

本当は、ただ純粋に、千那を抱きたかったのだろうか?

しかし、そんな考えは、すぐに否定した。そんなはずはない。相手はガキだ。

ただ、教えてやっているだけだ。

せめて、成人するまで、責任を果たして、その後は、千那に任せよう。



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