借金のカタに取られました
ある日の社長室
「報告いたします」牧田はいつものように社長室にやってくる。
「仕事はきちんとこなしています。最近では、就業前に自らすすんで掃除等もやっているようです。先輩社員からも好かれていて、評判は上々です。同期の海外渉外部の桐谷、マーケティング部の忍田と三人で、時々食事には出掛けているようです。それから数年前から行っている英会話教室では、通常コースを終えてビジネス英語のクラスまでいって、かなり上達しております」
「そうか」嬉しそうに航平は頷いた。
「あいつの特技は言語の習得だな。俺と同じ英会話教室に通っているのに、数ヶ月早く、通常コースを終えているな。今回、移動願いを出しているらしいが、本当か?」
牧田は資料をパラパラとめくって確認し
「そうですね。確かに移動願いが出されています。今回の昇進試験では、一番高い得点を獲得していますので、人事が承認するのは間違いないと思います」
牧田の言葉に再び頷いた。
移動が叶った初日、新たな気持ちで出勤した。
高卒で海外渉外部の試験に合格した者は、創業以来初めてだった。
案内された海外渉外部には、十人ほど働いていた。中には同期の桐谷君もいる。それだけで心強かった。
仕事は日本の顧客から要望された商品を輸出したり、逆に海外から依頼があったりと、今まで勉強してきた英語が活かせることが嬉しくてたまらなかった。
英文で書類を作ったり、電話やメールでやり取りしたりと、初めてのことだらけで頭の中の問題は片隅に追いやられていった。
桐谷君は
「星田さん、凄いね。昇進試験に合格するなんて」と喜んでくれて、お祝いするから同期で食事に行こうと約束した。
総務部の仕事もそれなりに楽しかったが、海外渉外部の活気ある雰囲気が千那には新鮮だった。
学校ではいつも教室の片隅で息を潜めていたので、自分が表側、つまり、明るい場所にいるという感覚が嬉しかった。
その日の夜、同期で食事に行くことになっていた。
桐谷君と会社のエントランスロビーでマーケティング部の忍田さんを待っていると、そこに航平と秘書の牧田が外出から帰ってきた。桐谷君はすぐに
「お疲れ様です」と反応し、それを見て慌てて千那も
「お疲れ様です」と続ける。
航平は
「お疲れ」と無表情で千那の前を通り過ぎた。
「社長って、格好良いですよね。背も高くてイケメンだし仕事も出来て、短所とかあるのですかね」と千那に話しかける。
短所?傲慢で自分勝手で言葉足らずでスケベだと叫びたいけどぐっと堪えて
「そうだね」と話を合わせた。
そこに忍田が現れる。
「星田さん、異動おめでとう。凄いね」と喜んでくれる。
今まで、褒められたことのない人生だったので照れる。
会社近くのカジュアルイタリアンに出掛ける。
久しぶりの同期三人の食事は、大いに盛り上がり、今まで何となく引け目を感じていたが、今日は素直に二人に接することが出来た。
家に帰ると、リビングに航平の姿がある。
「只今、帰りました」と言うと
「おかえり。さっきの、お前の同期の桐谷だな。お似合いだよ」と言われてなぜか怒りが込み上げる。
「そんなんじゃない」と小声で呟く。
「え? 何か言ったか?」
「そんなんじゃない」と大声で繰り返すと
「何、怒っているんだよ。桐谷は学歴も問題ないし、仕事もきちんとこなしている。真面目だしお前にぴったりだ」
「どうしてそんなこと言うの?」
「どうしてって、お似合いだからお似合いって言ったんだよ。なぜ、そんなに怒ってるんだ」
自分でもなぜ怒りが込み上げたのかわからない。
航平だけには、言って欲しくない台詞だったからかも知れない。突き放されたようで悲しくなったのだ。
返事もせず自室に入る。やはり航平の事が好きなのだと自覚する。
そういえば、自分自身は結婚していたと思いこんでいたが、航平は知っていたわけで、当然恋人がいてもおかしくない。
でも、恋人がいて私と関係を持つだろうか。いや、航平ならやりかねない。恋人がいるとすればどんな人なのだろう。それを考えると胸がざわついた。
千那の部屋の扉がぱたりと閉まり、溜息をついた。
同期の男と食事に行ったくらいで、どうして嫌みを言うんだ。別に言わなくても良いことだろ。
保護して、成長させてやって、心も体も大人になったら、自由にしてやるのが目的だったはずだ。
仕事も努力して、創業以来、初めての高卒で海外渉外部に移動した。それは自ら千那が掴んだものだ。俺は英会話やパソコン教室を習わせたが、モノにしていったのは千那自身だ。
まだ、あいつには大きな可能性があり、未来が広がっている。もっと上に行ける。
そして、本当に自分の目で見て、判断して、好きな人と普通の恋愛をして欲しい。
俺に目が向いているのは、一過性のモノだろう。まともに付き合いもしてこなかったのだから、身近で優しくされると勘違いするのはよくあることだ。
幼い頃、遊んでくれた近所のお兄さんが好きになるような感覚だろう。
しかし、同期の桐谷と千那が一緒にいるところを見た、俺の動揺はなんなのだろう。
嫉妬!?
まさか……。
きっと、可愛い妹を取られるのと同じ感覚なのだろう。
きっとそうだ。
「報告いたします」牧田はいつものように社長室にやってくる。
「仕事はきちんとこなしています。最近では、就業前に自らすすんで掃除等もやっているようです。先輩社員からも好かれていて、評判は上々です。同期の海外渉外部の桐谷、マーケティング部の忍田と三人で、時々食事には出掛けているようです。それから数年前から行っている英会話教室では、通常コースを終えてビジネス英語のクラスまでいって、かなり上達しております」
「そうか」嬉しそうに航平は頷いた。
「あいつの特技は言語の習得だな。俺と同じ英会話教室に通っているのに、数ヶ月早く、通常コースを終えているな。今回、移動願いを出しているらしいが、本当か?」
牧田は資料をパラパラとめくって確認し
「そうですね。確かに移動願いが出されています。今回の昇進試験では、一番高い得点を獲得していますので、人事が承認するのは間違いないと思います」
牧田の言葉に再び頷いた。
移動が叶った初日、新たな気持ちで出勤した。
高卒で海外渉外部の試験に合格した者は、創業以来初めてだった。
案内された海外渉外部には、十人ほど働いていた。中には同期の桐谷君もいる。それだけで心強かった。
仕事は日本の顧客から要望された商品を輸出したり、逆に海外から依頼があったりと、今まで勉強してきた英語が活かせることが嬉しくてたまらなかった。
英文で書類を作ったり、電話やメールでやり取りしたりと、初めてのことだらけで頭の中の問題は片隅に追いやられていった。
桐谷君は
「星田さん、凄いね。昇進試験に合格するなんて」と喜んでくれて、お祝いするから同期で食事に行こうと約束した。
総務部の仕事もそれなりに楽しかったが、海外渉外部の活気ある雰囲気が千那には新鮮だった。
学校ではいつも教室の片隅で息を潜めていたので、自分が表側、つまり、明るい場所にいるという感覚が嬉しかった。
その日の夜、同期で食事に行くことになっていた。
桐谷君と会社のエントランスロビーでマーケティング部の忍田さんを待っていると、そこに航平と秘書の牧田が外出から帰ってきた。桐谷君はすぐに
「お疲れ様です」と反応し、それを見て慌てて千那も
「お疲れ様です」と続ける。
航平は
「お疲れ」と無表情で千那の前を通り過ぎた。
「社長って、格好良いですよね。背も高くてイケメンだし仕事も出来て、短所とかあるのですかね」と千那に話しかける。
短所?傲慢で自分勝手で言葉足らずでスケベだと叫びたいけどぐっと堪えて
「そうだね」と話を合わせた。
そこに忍田が現れる。
「星田さん、異動おめでとう。凄いね」と喜んでくれる。
今まで、褒められたことのない人生だったので照れる。
会社近くのカジュアルイタリアンに出掛ける。
久しぶりの同期三人の食事は、大いに盛り上がり、今まで何となく引け目を感じていたが、今日は素直に二人に接することが出来た。
家に帰ると、リビングに航平の姿がある。
「只今、帰りました」と言うと
「おかえり。さっきの、お前の同期の桐谷だな。お似合いだよ」と言われてなぜか怒りが込み上げる。
「そんなんじゃない」と小声で呟く。
「え? 何か言ったか?」
「そんなんじゃない」と大声で繰り返すと
「何、怒っているんだよ。桐谷は学歴も問題ないし、仕事もきちんとこなしている。真面目だしお前にぴったりだ」
「どうしてそんなこと言うの?」
「どうしてって、お似合いだからお似合いって言ったんだよ。なぜ、そんなに怒ってるんだ」
自分でもなぜ怒りが込み上げたのかわからない。
航平だけには、言って欲しくない台詞だったからかも知れない。突き放されたようで悲しくなったのだ。
返事もせず自室に入る。やはり航平の事が好きなのだと自覚する。
そういえば、自分自身は結婚していたと思いこんでいたが、航平は知っていたわけで、当然恋人がいてもおかしくない。
でも、恋人がいて私と関係を持つだろうか。いや、航平ならやりかねない。恋人がいるとすればどんな人なのだろう。それを考えると胸がざわついた。
千那の部屋の扉がぱたりと閉まり、溜息をついた。
同期の男と食事に行ったくらいで、どうして嫌みを言うんだ。別に言わなくても良いことだろ。
保護して、成長させてやって、心も体も大人になったら、自由にしてやるのが目的だったはずだ。
仕事も努力して、創業以来、初めての高卒で海外渉外部に移動した。それは自ら千那が掴んだものだ。俺は英会話やパソコン教室を習わせたが、モノにしていったのは千那自身だ。
まだ、あいつには大きな可能性があり、未来が広がっている。もっと上に行ける。
そして、本当に自分の目で見て、判断して、好きな人と普通の恋愛をして欲しい。
俺に目が向いているのは、一過性のモノだろう。まともに付き合いもしてこなかったのだから、身近で優しくされると勘違いするのはよくあることだ。
幼い頃、遊んでくれた近所のお兄さんが好きになるような感覚だろう。
しかし、同期の桐谷と千那が一緒にいるところを見た、俺の動揺はなんなのだろう。
嫉妬!?
まさか……。
きっと、可愛い妹を取られるのと同じ感覚なのだろう。
きっとそうだ。